小説『流浪の月』凪良ゆうの傑作

2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんの衝撃作。

家族でもなく友達でもなく、恋人でもなく体の関係もない男と女。あえて言うならば、2人の関係は「加害者」と「被害者」。

互いに求め合う更紗と文は、”文が更紗を誘拐した”という事実によって引き離されます。そして、2人の人生を大きく変えていくことになります。

当たり前のことのようにも思える「事実は真実とは違う」ということを深く深く考えるきっかけになる珠玉の物語です

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小説のあらすじは?

マイペースでいつも楽しそうな母と家族を愛してやまない優しい父、家内更紗(かないさらさ)はそんな両親の元に生まれてきました。

やりたいことだけをして、やりたくないことはやらないという自由な家族を、世間の人は変わり者扱いしていましたが、更紗は両親のことが大好きで、そんな笑顔の絶えない幸せがずっと続いていくのだと思っていました。

小学校4年生になった更紗はおばさんの家の「厄介者」となっていました。1年前、お父さんが病気で亡くなり、1人では生きて行けなくなったお母さんは何人目かの恋人と出ていったきり帰っては来ませんでした。

おばさんの家と新しい学校で「普通の子」を演じることに慣れてはきたけれど、更紗の心はますますどんよりと色あせていきました。

学校の帰りに友達と立ち寄る公園にはいつも若い男の人がいて、ベンチに座って小学生の女の子が遊んでいるのを黙って見ていました。

みんなは「ロリコン」だから気を付けろと言っていたけれど、家に帰りたくない更紗はみんなとバイバイしたあと1人で公園に戻り、若い男性と向かい合わせのベンチに座って過ごしました。

いつものように公園のベンチで時間を潰していると、急に雨が降ってきました。雨に濡れながら「おばさんの家には帰りたくない」と固まっていると、男性から「帰らないの?」と声をかけられました。

「帰りたくない」「うちにくる?」「いく」それだけの会話で更紗は男性の家について行きました。

男性の名前は佐伯文(ふみ)、19歳の大学生。育児書をバイブルとする”正しい”母親に”正しく”育てられた文の生活は、教科書みたいでした。でも文は「夕食にアイスクリームを食べる」とか「布団に寝転んで宅配ピザを食べる」とか「『トゥルー・ロマンス』を見る」という更紗の要求に応えてくれていました。

ちゃんとしていない更紗を見ても受け入れてくれている文は、更紗にとって命の恩人でした。

1週間もすると更紗が行方不明になっているニュースが駆け巡りました。文は「いつでも帰っていいよ」と言ってくれましたが、やっと手に入れた心穏やかな日々を捨てる気になんてなれず、更紗は文の部屋にい続けました。

テレビでパンダを見て「パンダが見たい」と言った更紗を、文は動物園に連れて行きました。「家内更紗ちゃん!」と誰かが叫んだとたん一気に周りは殺気立ち、文と更紗は引き離され、文は少女誘拐事件の容疑者として逮捕されました。

更紗は「文は何もしていない」と訴えたけれど、どの大人たちも「わかった。怖かったね」と言うだけで、誰も本当の気持ちを理解してくれませんでした。

またあのおばさんの家に戻るのかと思うと死にたい気持ちにすらなりました。何かをしていたのはおばさんちの息子の孝弘…。夜になると更紗の部屋に入ってきて更紗の体を触っていたのは孝弘。文は何もしていない。そう言いたいのに、心の声はうまく言葉になってくれませんでした。

おばさんの家に戻った日の夜、孝弘がまたしても更紗の部屋を訪れ、布団をめくり始めました。この家にいるくらいなら牢屋の方がましだ…更紗はおじさんの酒瓶を孝弘の頭めがけて叩きつけました。

頭から血を流している孝弘を見て混乱しているおじさんとおばさんに、更紗は「前から、夜になると私の部屋にくる」と訴えました。

更紗は児童養護施設に預けられることになりました。

24才になった更紗は交際している中瀬亮と一緒に暮らしていました。結婚の話も出始めていましたが、更紗は亮とずっと一緒にいたいのかわからないでいました。

亮はもちろん「家内更紗ちゃん誘拐事件」のことは知っていて、更紗のことをかわいそうだと思っているようでした。

今でもインターネットで検索すると、更紗のことも文のことも容赦なく個人情報はさらされ、動物園で文が逮捕されたときの動画まで見ることができます。世間では異常な大学生とかわいそうな女の子という認識…本当はそうじゃないのに。

更紗はふだんは参加しない職場の送別会に参加した夜、職場の人にカフェに行こうと誘われました。早く帰りたいと思いながら『calico』という名前のカフェを訪れ、マスターを一目見たとたん更紗は固まりました…。

文。…そこにはずっと会いたくて会いたくてたまらない文がいました。それ以来更紗は残業だと嘘をついて、仕事のあと『calico』に通うようになりました。

いつものようにお店のキッチンが見えるソファに座っていると、そこに亮が現れました。バイト先に更紗のシフトを尋ねたり、頻繁に連絡をしてくるようにもなっていました。

「今夜は帰りません」と亮にメールを送って、『calico』の向かいにあるバーから眺めていると、亮が走ってくるのが見えました。バーが閉店した後『calico』の下で待っていると文が女性を伴って出てきました。

更紗は思わず声をかけて「わたしを覚えてる?」と文に聞きましたが、文は「最近、よく店にきてくれますね」と当たり障りのない返事をしただけでした。

ネットカフェで少し眠ってそのまま出勤した更紗を、夕方亮が職場の出入り口で待ち構えていました。最近様子がおかしいと亮に言われ、押し問答をしていると、亮の携帯電話に祖母が倒れたと電話がありました。

亮に懇願されて、更紗は亮と一緒に甲府にある亮の実家に行くことになりました。

更紗の腕にあるアザを見て、亮のいとこの泉が「亮くんにはDV癖がある」と言いました。さらに亮の前の彼女は病院に担ぎ込まれたことがあると、亮の両親は父親のDVが原因で離婚したのだということを語りました。

亮の心にも誰にも言えない傷があるのを知った更紗は「ごめん。絶対幸せにするから」と言う亮と一緒に生きていこうと決意して、『calico』には行くのをやめました。

でも心が文に支配されていることは変わらなくて、いつものようにインターネットで文のことを検索していると、「家内更紗ちゃん誘拐」の情報が更新されていて、『calico』の外観と文の写真が載せられていました。

居ても立っても居られなくなって文のマンションに行ってみると、文の彼女と思われる女性に見つかり「今度見かけたら警察に通報する」と言われてしまいました。

職場の同僚の安西さんから、彼氏と旅行をしたいので8才の娘を預かってほしいと言われ、更紗は亮と一緒に梨花ちゃんを預かることになりました。

梨花ちゃんがお母さんの元に帰って、またなんとなくインターネットを検索していたら、先日『calico』と文の写真がアップされていたサイトに新しい写真が増えていました。その写真を見て更紗は凍りつきました。

そこには見たことのある梨花ちゃんのサンダルが写っていました。

帰ってきた亮を問い詰めると、更紗は亮から激しい暴力を受けました。着の身着のまま逃げ出して更紗が向かった先は『calico』。

もう自分の居場所は文しかないとたたずんでいたら、文が更紗を見つけて店に入れてくれました。文はちゃんと更紗のことに気付いていました。

更紗は亮と別れる決心をしました。内緒で住むところを探して、安西さんから教えてもらった「夜逃げ屋さん」に荷物を運ぶのを手伝ってもらって、亮が仕事に行っている間に家を出ました。

更紗が引っ越した先は、文の住むマンション…文の隣の部屋でした。

文は更紗が引っ越して来たことにも気づいていました。現在の文の彼女・谷さんに見つかると警察に通報されるので、変装して注意を払っていたつもりが、文には初日にばれていたようです。

更紗の職場に亮が訪ねてくるのはあらかじめ予想していましたが、亮は更紗のマンションに現れました。文と一緒に暮らしているのかと声を荒げる亮に何を言っても無駄で、更紗はふたたび暴力を受けました。

通りがかった人が連絡して警察沙汰になりましたが、亮はまた謝って帰っていきました。

安西さんからもう一度梨花ちゃんを預かってほしいと頼まれて、更紗は梨花ちゃんを預かることにしました。

文にホットプレートを借りて3人で鉄板焼きをしたり、夕食の前にアイスクリームを食べたりしました。梨花ちゃんが熱を出すと、更紗が仕事に行っている間は文が面倒を見てくれました。

仕事が長引いて遅くなり更紗が慌てて家に帰ると、マンションの入り口で谷さんと遭遇しました。更紗は谷さんの予告通り警察に連れて行かれました。

警察で事情を聞かれているうちに更紗が文と同じマンションに住んでいて、文もそのことを了承していることが明らかになると、谷さんは自分の誤解を認めて更紗に謝りました。

梨花ちゃんの具合がよくなっても安西さんは帰ってきませんでした。

更紗は店長に呼ばれてスタッフルームに行ってみると、本社の人が来ていて、1冊の週刊誌を手渡されました。そこには『いまだ終わらない家内更紗ちゃん誘拐事件』と題され、現在の文と更紗の様子が写真入りで書かれていました。

翌週には「N」と書かれた、明らかに亮がしゃべったであろう記事が掲載されました。これ以上会社に迷惑はかけられないので、更紗は会社を辞め亮に会いに行きました。

よりを戻したいという亮に腕を強くつかまれ、更紗は手を振り払おうとしました。亮は簡単にバランスを崩して階段の踊り場に倒れました。頭の下に赤い血が流れるのが見えて、更紗は慌てて救急車を呼びましたが、病院へ向かう途中意識を取り戻した亮に「この人に突き落とされました」と指さされました。

更紗の事情聴取が始まると、文も梨花ちゃんも警察に連れてこられました。少女誘拐事件の犯人になぜ8才の女の子の面倒を見させたのか、警察でしつこく責められました。文はそんな人じゃないと何度も言いましたが「あなたが悪いんじゃない。あなたは被害者だ。」と言われ、今回も話を聞いてもらえませんでした。

警察官に「全国被害者支援ネットワーク」というパンフレットを手渡され、更紗はやっと「私にわいせつ行為をしていたのは文ではなく、わたしが預けられていた伯母の家の息子です。文は、あの家からわたしを救い出してくれたたったひとりの人でした。」と伝えました。

生気をなくした文を連れてマンションに帰ると、エントランスに谷さんがいました。事実を知った谷さんは文のことが受け入れられないと言って去っていきました。

「文とずっと一緒にいたいから、文がいくところに、わたしもついていく」と更紗が言うと、はじめは拒んでいた文が自分のことを話し始めました。

物語の結末は?

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文の真実
文の体は大人に成長しない病気でした。中学生になって周りの友だちに現れてくる体の変化が、文には訪れませんでした。不安でおかしくなりそうでしたが、文の母親は”正しい”方法で”正しい”育児をすることに命をかけていて、普通ではないことを受け入れられるとは到底思えなかったので、文は自分の体の異状を打ち明けることができませんでした。

大学受験に失敗して家から出て一人になれたものの、青春を謳歌する仲間たちについていけず、1人になることが多くなりました。

成熟した女性が怖いと思うようになり、自分は小さな女の子が好きなのだと思い込もうとしましたが、それもうまくはいきませんでした。

公園で出会った少女・更紗は普通から脱落した自分と同じにおいがして、文は更紗に声をかけずにはいられませんでした。

更紗は恐ろしいくらいに自由で、文の肩にのしかかっていた荷物を乱暴に投げ捨てていったのでした。

警察に逮捕され、身体検査で予想通りの病名が告げられ、文は医療少年院に送られました。治療を受けられることにはなりましたが、20才になろうかという文の体にはほぼ手遅れで、体にはほとんど変化が現れませんでした。

医療少年院を出ると自宅の離れで半ば監禁状態で生活していましたが、母親が倒れ兄家族が同居することになると、文はいくらかの財産を生前贈与され家を追い出されることになりました。

インターネットで更紗の情報を見つけると、文は更紗と同じ土地に住むことを決意し”更紗”という意味の『calico』というカフェを開きました。

自分のせいで人生を変えられてしまった更紗が、今さら許してくれるとは思えませんでしたが、この地のどこかに更紗がいると思えるだけで文は満足でした。

更紗の真実
文の告白を聞いて、更紗にははっきりとわかったことがありました。

更紗は文に恋をしていない。キスもしない。抱き合うことも望まない。けれど誰よりも文と一緒にいたい。

更紗と文の関係を表す名前は何もなく、一緒にいてはいけない理由は山ほどある。

それでも、更紗は文と一緒にいることを選びました。文さえいれば、もう何も怖いものはないと思えるのでした。

文と更紗のその後は?
文と更紗は、2人で日本の各地を転々としていました。

2人の過去がばれると決まって嫌がらせを受けるので、そんなときは何の躊躇もなく住むところを変えました。今は2人で長崎でカフェを開いています。

梨花とは年に1度会うことができています。細かいことは気にせず、梨花とも会わせてくれる安西さんは更紗にとってちょうどいい感じ。

「今の場所にいられなくなったら今度はどこに行きたい?」更紗はいつも明るく文に聞いてきます。文は「どこにでもついていくよ」と答えるのでした。

小説の感想は?

真実は事実と違う」こんなある意味当たり前のことが胸に鋭く突き刺さる物語です。

本当のことは当事者にしかわからないのに、周りが勝手に解釈して枠にはめて議論することの無意味さ、デジタルタトゥーという一生消えることのない烙印、加害者だろうが被害者だろうが個人が丸裸にされてしまう恐怖。

ネット社会の闇は、1人の人間の人生を大きく狂わせるくらいの威力を持っています。

本人たちさえよければそれでいいというのも少し違う気がするし、自分の価値感と異なる価値観を受け入れるのはとても難しいことだけれど、見る向きを変えると見え方が変わってくるということや、人と人のつながりには名前のない分類のできないつながりもあるのだということを教えてくれる物語でした。

この物語では、更紗と文は「被害者」と「加害者」であるということが「事実」。だけど、2人は誰よりもお互いを必要としているというのが「真実」。

だけどきっと世の中にはその逆もあって、平穏そうに見える「事実」と真っ暗闇の「真実」も存在するのでしょう。

偽善者ぶって「事実」に関心を示すことの無意味さ、恐ろしさを感じるとともに、少しでも心の揺れに気付いてあげられれば…という気もします。

みんな自分の「心の正義」に従っただけで、その歯車が噛み合わなかっただけ?誰も悪くないのかな。

最後はホッとする反面、実は何も解決していないんじゃないかとちょっとモヤモヤした感情を抱かずにはいられませんでした。

深い深い物語でした。

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