川村元気の原作小説『百花』

たった2人で生きてきた母と息子。

68歳になる母・百合子はアルツハイマー型認知症と診断され、どんどん息子である泉の記憶を失っていくが、2人の間にはどうしても忘れられない「事件」があった。

息子の記憶が薄れながらも息子に執着し必死で許しを請う母と、再び母が遠くへ行ってしまう恐怖と闘う息子の、切ない愛の記憶の物語。

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『百花』のあらすじは?

葛西泉、38歳、レコード会社に就職して15年になる。母・百合子一緒に過ごすため実家に帰ってきた。大晦日も更けてきたというのに母の姿はない。

百合子を探しに出て、近くの公園のブランコに座っている姿を見つけた。買い物の途中で疲れて…と言うが、手には何も持っていない。

百合子が作ってくれたハヤシライスを食べ終わるころに新年を迎えた。「あけましておめでとうございます」そして「母さん、誕生日おめでとう」と泉は言った。

百合子の誕生日は1月1日。68歳になった。

泉はKOEという大型新人を一緒に担当したのをきっかけに2歳年下の香織と結婚した。結婚して2年、半年後には泉と香織はお父さんとお母さんになる予定だ。

百合子は泉が子どもができたと報告したことも覚えていないし、問題行動が目立ってきた。泉は百合子を病院に連れて行った。

診断結果はアルツハイマー型の認知症。

日に日に増えてくる問題行動。百合子にどう接していいのかわからない泉。感情が高ぶると、百合子は「お母さんを赦して」と言って泣くのだった。

百合子の様子を目の当たりにし、これから生まれてくる子どもの世話と介護を両立させることは無理だと悟った泉と香織は、百合子を介護施設に預ける決心をした。

百合子は海辺に立つ「なぎさホーム」という名の小さなグループホームに入所した。人間として居心地のいい場所をつくる、それが所長である観月のこだわりで、百合子はピアノを弾いて心穏やかに過ごしていた。

「はんぶんの花火」が見たいと言う百合子を、泉は半分の花火が湖面に反射して前円を描く「諏訪湖祭湖上花火大会」をネットで見つけ連れて行った。

しかし、花火大会から帰るころに、百合子は「半分の花火が見たい」と叫び出し、ついには泉のことを「あなたは…誰?」と言った。

8月27日、香織は男の子を出産し、泉と香織はお父さんとお母さんになった。子どもはひなたと名付けられた。

年が明けて1月1日の誕生日を迎えて6日後、百合子は肺炎をこじらせて眠るように亡くなった。

半年後、母の家にようやく買い手がつき、泉は母の荷物を全て片付けた。空っぽになった家でひとり床に寝転んで窓の外を見ていると、突然炸裂音がした。

空に花火が上がったのだ。花火は目の前にある高い団地に遮られ上半分しか見ることができなかった。引っ越した日に母と2人で見た花火…。なんで自分は忘れてしまったんだろう。

泉は、にじむ視界の中でかつての百合子の姿を思い出していた。

百合子の秘密とは?

百合子は泉が中学生のころ、1年くらい失踪していた時期がある。

百合子を施設に預け、片づけを始めた実家で、泉は押入れの奥から「1994」と「1995」と記された2冊の日記帳を見つけた。それは百合子が泉の前から突如いなくなったあの1年の日記だった。

百合子の秘密とは?
百合子のピアノ教室の生徒で6歳年下の浅葉、妻子ある男性。

浅葉が神戸の大学に教授として迎えられることになり、単身赴任することを告げると、百合子はたった一人の息子を置いて浅葉と生きていくことに決めたのだった。

ところが、当たり前の日常を揺り動かす大きな出来事を経て、百合子は出ていったときと同じように、ある日突然帰ってきた。

『百花』の感想

新しく生まれてくる命と、間もなく終わりを迎えようとしている命の狭間で揺れ動く主人公。

自分に重ねずに読むことはできない物語でした。

香織の友達が「子どもが生まれたら、失うものだらけ。時間もお金も、体力も知恵も全部子どもに取られちゃう」と言いながら、とてもいい顔をして赤ん坊にミルクをあげていた…というエピソード、なんかむちゃくちゃ共感できてよかった。

失いながら大人になっていくんだと、そうやって少しずつお父さんお母さんになっていけばいいんだと。本当にその通りだと思いました。

全部を失っても守りたい存在があるというのは、それだけで幸せなことだと私は思います。そういう意味では百合子も本当は幸せだったんじゃないかな。

一度は母としてではなく女として生きていくことを決めたけど、本当に守りたい大切なものはそう簡単に手放せるものではないと…本当はもっと早くに気付いていたんじゃないかな。

息子の泉はたった一人の母に捨てられてしまったので、母が戻ってきてからも手放しで喜ぶことも甘えることもできなくて、また捨てられるかもしれないという恐怖と闘い続けるしかなかったのでしょう。

そういう意味では「認知症」という病気で、母がまた自分の手の届かないところに行ってしまうこと、自分が忘れられてしまうことは、一度も親から捨てられた経験のない私たちよりもずっと怖いことだったのでしょう。

それでも百合子が最後にしがみついた思い出は、泉とのたった2人だけの思い出でした。この思い出は母と少し距離を置くことしかできなかった泉を、ほんの少し救ったのかもしれません。

そして、百合子は贖罪や後悔の気持ちよりも、息子と見た花火の色や交わした会話を思い出して少しは幸せな気持ちで天国に旅立っていったのかもしれません。

全てを忘れていっても、最後に残るのは大切な思い出。認知症との共生はそんなきれいごとばかりじゃないけど、だからこそ人間なんだと思える、切なくて素敵な物語でした。

私はまだ、両親や義父母の介護という場面に遭遇していません。4人いたらいつかは誰かが認知症になるのかもしれないけど。そんな場面で心穏やかに冷静に対処できるとはとうてい思えないけれど。この物語はそんなとき寄り添い心の支えになってくれる作品だと思います。

今読んで感じることと、もっと年を経て感じることもきっと違うんだろうなぁ。死ぬまでに何回も何回も読み返したい、そう思える物語でした。

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経験したことがなくても心に響く言葉がたくさん散りばめられています。ぜひご一読を!
2022年7月18日時点の情報となります。 オフィシャルサイトにて必ず最新の情報をご確認ください。

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