村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』

俳優の家福は最愛の妻を亡くし、失意の中から未だ立ち直れずにいます。妻は大きな秘密を持ったまま亡くなり、その秘密は今なお家福を苦しめ続けています。

そこへ家福の専属ドライバーとして現れた女性、みさき。彼女もまた孤独を抱えた人間でした。

映画の原作は村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』に収められている珠玉の短編小説『ドライブ・マイ・カー』。

孤独な男と孤独な女が、車の中で交わす身の上話のような会話が物語を紡ぎます。

村上春樹さんの珠玉の物語を濱口竜介監督が熱を帯びた映像へと昇華させ、カンヌ映画祭での脚本賞と国際映画批評家連盟賞、アカデミー賞での作品賞と国際長編映画賞をはじめとする数々の映画賞を受賞した日本映画を代表する名作です。

【主なキャスト(敬称略)】
西島秀俊:家福悠介
三浦透子:渡利みさき
岡田将生:高槻耕史
霧島れいか:家福音(悠介の妻)

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短編小説『ドライブ・マイ・カー』のあらすじ

家福は自分の愛車、黄色のサーブ900コンバーティブルを運転してくれる”運転手”を探していました。

12年乗り続けてきたサーブは、ところどころくたびれてはいるものの大きなトラブルは皆無で、家福は格別の愛着を持っていました。

新車で買ったときには家福の妻はまだ存命で、黄色いボディカラーは妻が選んだものでした。家福が運転して2人でよくドライブにも行きました。

そのサーブで接触事故を起こしてしまい、アルコールが少し入っていたのと緑内障の影響で視力に問題があったために免許停止になってしまいました。

家福は俳優をしており、週に6日は舞台に出演しています。車の中でセリフの練習をしたいので、公共交通機関を使いたくありません。事務所からも視力の再検査でよい結果が出るまでは運転してはいけないと強く言い渡されています。

信頼する修理工場のオーナーである大場が、運転の腕は確かだと紹介してきたのは20代の女性で渡利みさきといいました。みさきの運転は大場の言った通りとても快適なものでした。

みさきの運転するサーブの助手席で、家福は亡くなった妻を思い出すことが多くなりました。妻は家福より2歳年下の美しい女優で、初めて会ったときから亡くなるまでずっと彼女のことを心から愛していました。

ところが妻は家福が知っているだけでも4人の男と寝ていました。いずれも映画で共演する俳優で、撮影の間だけ関係が続き、終わると消滅する関係でした。

家福は妻と男との関係に思いを巡らせることも苦痛でしたが、そのことに気付いていないふりをすることにも苦痛を伴っていました。それさえなければ妻との関係はとても満ち足りたものだったのに…。

妻が子宮癌を患いあっという間に亡くなるまでの間、何度も「なぜ他の男と寝たのか。彼らに何を求めていたのか。何が自分に足りなかったのか。」問いただしたい衝動に駆られましたが、結局何一つ聞くこともできないまま、妻は家福の前からいなくなってしまいました。

家福と妻との間には3日間だけ生きた子どもがいました。心臓の弁に生まれつき問題があったとのことでした。思えば妻がほかの男と関係を持つようになったのは、子どもを亡くした後かもしれません。

その子どもが生きていれば、現在24歳のはず。みさきが24歳だと聞いて家福の胸は疼きました。

家福とみさきは次第にいろんな話をするようになりました。

みさきの父は8歳で妻子を捨てて出ていき、母親は酒におぼれた生活をした挙句、飲酒運転で事故を起こして亡くなったと言います。

友達は作らないのかと尋ねるみさきに、家福は「最後に友達を作ったのは10年前で、その男は僕の奥さんと寝ていた。」という話を始めました。

妻が亡くなってから、その高槻という男性に会い「妻の思い出話をしたい」と飲みの席に誘ったと言います。動機は妻がなぜその男と寝なくてはならなかったのかを知りたかったからでした。

高槻は家福の妻のことを本当に好きだったようでした。妻が癌だというのを知ったのは亡くなる数週間前だったとのことで、未だに気持ちがうまく整理できていないようでした。

半年くらいあちこちを飲み歩くという付き合いが続きましたが、ある日ぱたりと会うのをやめたと言います。高槻から電話がかかってきても、それさえも無視していました。

本当は友達のふりをして安心させておいて、致命的な弱点を見つけたらそれを使って痛めつけてやるつもりでした。それがあるとき急にいろんなことがどうでもよくなって、もう怒りも感じなくなっていました。

それでもなぜ妻が高槻に心惹かれ抱かれることになったのか、未だにとげのようなものは心に刺さったままです。

みさきは「奥さんは本当は、その人に心なんて惹かれてなかった。だから寝たんです。女の人にはそういうところがあるんです。」と言いました。

『シェエラザード』『木野』ってどんな物語?

映画『ドライブ・マイ・カー』には『女のいない男たち』に収録されている『シェエラザード』と『木野』という物語が織り交ぜられています。

シェエラザード

シェエラザードとは「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」に出てくる物語の語り手、毎晩枕元でおもしろい話を聞かせては、いいところで「続きはまた明日」と話を打ち切り、王をとりこにした女性の名前です。

羽原の元に週2回通ってくる女性がありました。その女性は外に出られない羽原の代わりにたくさんの買い物をしてきては冷蔵庫に手早く片付けると、決まって羽原とベッドを共にしました。

セックスが終わると彼女が話し始め、4時半きっかりに話をやめて帰っていきます。羽原は彼女を「シェエラザード」と名付けていました。

彼女いわく「前世はやつめうなぎだった」らしく、「高校2年生のとき、初めて他人の家に侵入した」ということでした。

同じクラスの男の子に恋をした彼女は、ある日無断で学校を休んで、その男の子の家に行きました。

隠してあった家の鍵を見つけた彼女は、片思いの男の子の部屋に入り鉛筆を1本盗んで帰りました。そして代わりに引き出しの奥にタンポンをひとつ置いていきました。

2回目はサッカーチームのバッジをもらって自分の髪を3本置いて帰りました。そして寝ても覚めての彼のことばかり考えて、空き巣に入らずにはいられなくなりました。

3回目は浴室の脱衣かごから彼のにおいが染みついたシャツを盗んで帰りました。

4回目に彼の家に行ったら、玄関の鍵が新しいものに変えられていました。彼女は落胆しましたが、もう空き巣に入らなくてもいいんだと、少しほっとしたのでした。

木野

スポーツ用品の販売会社で17年勤めた木野は、会社を辞めて伯母の喫茶店を引き継ぐことにしました。

元々そんな気はなかったのに、会社の同僚が木野の妻と体の関係を持っていたのを目の当たりにしてしまい、翌日会社に退職届を出したのでした。

喫茶店をバーに改装して、店名は「木野」としました。

最初に「木野」の居心地の良さを発見したのは、灰色の野良猫でした。猫は店の片隅の飾り棚で丸くなって眠るのを日課にしていました。

2か月ほどすると、丸坊主の若い男が決まってくるようになりました。彼の名前は神田(カミタ)と言いました。

いつも男と来店する女性と体の関係を持ったこともありました。彼女の体には火傷によるアザがあちこちにありました。

夏の終わりには妻と正式に離婚が成立し、木野は久しぶりに妻と顔を合わせました。妻は「本当にごめんなさい」と言いました。

秋がやってきて、猫がいなくなり、それから蛇が姿を見せ始めました。1週間で3匹の蛇をほぼ同じ場所で目撃しました。伯母に聞いてもこのあたりで蛇を見たことはないとのことでした。

ある夜カミタが姿を見せ「この店は多くの物が欠けてしまった」と言いました。そして「正しいことをしなかった」とも。

どうすればいいのか尋ねる木野に、カミタはできるだけ遠くに行って頻繁に移動し続けるようにと言いました。さらに毎週月曜日と木曜日に、伯母宛てに絵ハガキを出すように、メッセージは一切書いてはいけないと言いました。

しばらくはカミタに言われた通りに行動していましたが、衝動的に伯母にメッセージを書いた絵ハガキを投函してしまいました。

それ以来木野の部屋をノックする音が頭から離れません。その訪問は木野が何よりも恐れていたものでした。

木野は「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかった」「肝心の感覚を殺してしまった」ことにやっと気づきました。

映画『ドライブ・マイ・カー』のあらすじ

舞台俳優兼演出家の家福悠介と脚本家の美しい妻・。セックスの後には音がする「変な話」に耳を傾けるのがお決まりでした。

愛車のサーブを走らせながら、夕べ音から聞いた話を語る悠介。自分が語ったことなのに何も覚えていない音は、助手席で楽し気に物語の内容をスマホにメモします。

悠介が演じる台本を音がカセットテープに吹き込んだものを、車の中で聴きながらセリフを覚えるのも悠介のお決まり。

そんな時間が愛おしく大切に感じていた悠介。2人は幸せだと信じて疑っていませんでした。

ウラジオストクの演劇祭から招聘された悠介は、一度は空港に向かいますが、寒波のためにフライトがキャンセルされ自宅に帰ることにします。

鍵を開けて家に入ると、クラシックの音楽に紛れて女性の喘ぎ声が聞こえてきます。

そっと部屋に入った悠介は、鏡越しに妻が男と情事の真っ最中であることを知り、気付かれないように家を出ました。

車を走らせホテルへと向かった悠介。音からは「無事についた?」と電話があり、「うん」と何事もなかったかのように振舞ったのでした。

悠介は帰宅するなり激しく音を求め、セックスのあとにはいつものように謎めいた物語に耳を傾けました。

昨夜の話を聞きたがる音に、悠介はありもしない用事を告げて一人で家を出ていきました。

「今晩帰ったら少し話せる?」と言う音に不穏な空気を感じ、悠介はあてもなくひたすら車を走らせました。

夜、意を決して帰宅すると、悠介は床に倒れている音を発見しました。くも膜下出血でした…。音は悠介の前からいなくなってしまいました。

2年後、悠介は演劇祭で演出を任され、愛車のサーブで広島に向かいます。

演劇祭のプログラマー・柚原から演劇祭期間中は運転しないようにと言われ、専属ドライバーの渡利みさきを紹介されました。

演劇祭で上演する「ワーニャ伯父さん」のオーディションの書類に目を通していた悠介は、ある人物を見つけて手を止めました。

かつて音の脚本作品には必ず出演していたと音から紹介されたことのある俳優・高槻耕史でした。音とはただならぬ雰囲気が漂っていて忘れられない男でした。

オーディションの結果、高槻をワーニャに抜擢した悠介。戸惑いながらも高槻はその役を受けることにしました。

ある日の稽古の後、高槻からバーに誘われた悠介。2人の会話は次第に音に関することになっていきました…。

セックスのあとの「変な話」は悠介と音だけの秘密の時間だったはずなのに。なぜか高槻が物語の続きを知っているのか…。

公演直前、高槻は事件を起こし舞台から去っていきました。ワーニャ役を引き継ぐかどうか迷った悠介は、みさきと共に北海道にあるみさきの生家があった場所へと向かいました。

そこで初めて悠介は自分の気持ちと向き合ったのでした。

映画の見どころと原作との違い

原作ではひたすら悠介がみさきに身の上話をするだけなのですが、映画では当然ながら悠介に関わった人たちがある種の熱を持って登場してきます。

原作小説の中では平面的で白黒だった人物が、まるで色を与えられて動き出すような感じがします。

それだけでもワクワクするのに、この映画にはもう一つの仕掛けが!

映画の始まり部分には『女のいない男たち』に収録されている『シェエラザード』のエピソードが、終わり部分には『木野』のエピソードが付け加えられているのも、村上春樹ワールドに極上の楽しみをもたらしてくれます。

妻の音が自分に対して大きな秘密を抱えていたことももちろん辛いのですが、悠介にとって一番辛いのは、自分が妻に何も言わなかったこと。ある意味妻を見捨てて出ていったために妻は死んでしまったのではないかという良心の呵責に耐えられないギリギリの状態なのです。

そこへ現れた運転手のみさきは、悠介と同じように心に傷を持ち、良心の呵責にさいなまれていました。

『ワーニャ伯父さん』という劇中の舞台にも助けられ、悠介もみさきも自分を受け入れ、かつては自分にひどい仕打ちをしたと思っていた相手を受け入れ再生していく物語。

原作では題名しか出てこない『ワーニャ伯父さん』がこれもある種の熱を持って動き出すことで、物語に大きな意味をもたらしています。

人は誰でも小さなことに傷つき、小さなことに励まされて、辛いことも多いけど辛いことばかりじゃないと、前を向いて生きていくんだと励まされる物語です。

原作のサーブは”黄色”なんだけど、映画の中のサーブは”真っ赤”です。南は広島から北は北海道まで、颯爽と走るサーブが雪の中にくっきりと浮かび上がる姿もかっこよくて素敵ですよ。

『ワーニャ伯父さん』ってどんな話?

ロシアの偉大な作家、チェーホフによる四大戯曲の一つです。大まかなあらすじは以下のようなものです。

ワーニャは亡くなった妹の夫であるセレブリャコフ教授の生活を支えるために、妹の娘・ソーニャと共に必死に働いて仕送りをしていました。

大学を退職した後、セレブリャコフはあろうことか27才のエレーナという女性を後妻に迎え、ワーニャたちの住む田舎に引っ越してきました。

セレブリャコフの活躍が自分の夢でもあるかのように我が身を捧げてきたワーニャでしたが、そんなものは幻想で、セレブリャコフは無能なただの俗物だということがわかってきます。

ただただセレブリャコフに憎しみを抱くワーニャ。そして、セレブリャコフの美しい妻エレーナに対して恋心を抱いていきます。

ソーニャは家に出入りする医者のアーストロフに恋をしていますが、アーストロフもまたエレーナに心を奪われていました。

年取った夫の世話に明け暮れ、慣れない田舎生活にも嫌気がさしていたエレーナは、アーストロフのキスを受け入れてしまします。

そこへワーニャが現れ、キスをしていたところを目撃されたことを知ったエレーナは、この地を発つことを決意しました。

セレブリャコフはフィンランドに別荘を買って余生を過ごしたいと、ワーニャの亡き妹の土地を売ろうと計画しました。それを知って怒り心頭したワーニャはピストルを持ち出してセレブリャコフに発砲しましたが、弾は外れました。

ワーニャは自殺を試みますが、それも失敗します。結局、セレブリャコフとも和解することになり、これまでのように仕送りも続けることになりました。

もう死にたいと訴えるワーニャに、ソーニャは「どんなに不幸せでも、じっとこらえて自然に一生の終わりがくるまで我慢しとおすつもり」と語りかけるのでした。

物語の根底に流れているのは、自業自得というか、救いがないというか、あきらめが肝心というか…。人生に大きな影響をもたらすような物語では決してありませんが、「人生こんなこともあるさ」と弱り切った心には寄り添ってくれる物語です。

自己満足の幸福な人間を否定したチェーホフらしい作品とも言えます。

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