映画『ドライブ・マイ・カー』最高のキャストで紡ぐあらすじは?

村上春樹さんの珠玉の短編小説『ドライブ・マイ・カー』が濱口竜介監督の手によって映画になります。

妻に秘密を持ったまま先立たれ、死後何年も喪失感にさいなまれ続ける男・家福を西島秀俊さんが熱演します。

『スパイの妻』の脚本を手掛けて国際的な評価も高い濱口監督が是非にとほれ込んで長編映画にしたとか。

原作は、妻に先立たれ未だ心にぬぐい切れない気持ちを引きずっている孤独な男・家福が、専属として雇うことになったみさきという若い女性ドライバーと車の中で会話をするだけの短編小説です。

映画では、会話の中の人物が実際に言葉を紡ぎドラマをくり広げていきます。

家福とみさき、孤独な2人が希望を見出すまでの、心揺さぶるヒューマンストーリーです。

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珠玉のキャスト

家福(かふく)悠介:西島秀俊

妻のことを心から愛していて、妻がある秘密を抱えていることに気付きながら、妻との平穏な生活を失うのが怖くて気付いていないふりをして生きてきました。

妻が急逝して、数年経っても消えない喪失感…。しかし悠介の心を支配していたのは喪失感だけでなく、大きな罪悪感でした。

渡利みさき:三浦透子

運転技術は確かで、信頼のおける家福の専属ドライバー。毒親に育てられたという生い立ちを持つみさきもまた、心に悠介と同じ傷を抱える人間でした。

高槻耕史:岡田将生

物語を大きく動かしていくキーパーソンです。音との親し気な関係は、果たして…?

人間的にいろんな側面を持つ、とらえどころのなんとも不可解な人物を怪演!

 

家福音:霧島れいか

原作では家福の思い出話の中にしか出てこない妻ですが、映画では妻との生活が描かれています。

悠介と音の間には一人娘がいましたが、4歳で亡くしています。娘を亡くしてから音は少し悠介の手の届かないところへ行ってしまったようでした。

映画のあらすじは?

舞台俳優兼演出家の家福悠介と脚本家の美しい妻・音。セックスの後には妻・音がする「変な話」に耳を傾けるのがお決まりでした。

愛車のサーブを走らせながら、夕べ音から聞いた話を語る悠介。自分が語ったことなのに何も覚えていない音は、助手席で楽し気に物語の内容をスマホにメモします。

悠介が演じる台本を音がカセットテープに吹き込んだものを、車の中で聴きながらセリフを覚えるのも悠介のお決まり。

そんな時間が愛おしく大切に感じていた悠介。2人は幸せだと信じて疑っていませんでした。

ウラジオストクの演劇祭から招聘された悠介は、一度は空港に向かいますが、寒波のためにフライトがキャンセルされ自宅に帰ることにします。

鍵を開けて家に入ると、クラシックの音楽に紛れて女性の喘ぎ声が聞こえてきます。

そっと部屋に入った悠介は、鏡越しに妻が男と情事の真っ最中であることを知り、気付かれないように家を出ました。

車を走らせホテルへと向かった悠介。音からは「無事についた?」と電話があり、「うん」と何事もなかったかのように振舞ったのでした。

悠介は帰宅するなり激しく音を求め、セックスのあとにはいつものように謎めいた物語に耳を傾けました。

昨夜の話を聞きたがる音に、悠介はありもしない用事を告げて一人で家を出ていきました。

「今晩帰ったら少し話せる?」と言う音に不穏な空気を感じ、悠介はあてもなくひたすら車を走らせました。

夜、意を決して帰宅すると、悠介は床に倒れている音を発見しました。くも膜下出血でした…。音は悠介の前からいなくなってしまいました。

2年後、悠介は演劇祭で演出を任され、愛車のサーブで広島に向かいます。

演劇祭のプログラマー・柚原から演劇祭期間中は運転しないようにと言われ、専属ドライバーの渡利みさきを紹介されました。

演劇祭で上演する「ワーニャ伯父さん」のオーディションの書類に目を通していた悠介は、ある人物を見つけて手を止めました。

かつて音の脚本作品には必ず出演していたと音から紹介されたことのある俳優・高槻耕史でした。音とはただならぬ雰囲気が漂っていて忘れられない男でした。

オーディションの結果、高槻をワーニャに抜擢した悠介。戸惑いながらも高槻はその役を受けることにしました。

ある日の稽古の後、高槻からバーに誘われた悠介。2人の会話は次第に音に関することになっていきました…。

セックスのあとの「変な話」は悠介と音だけの秘密の時間だったはずなのに…。

映画の見どころは?

原作ではひたすら悠介がみさきに身の上話をするだけなのですが、映画では当然ながら悠介に関わった人たちがある種の熱を持って登場してきます。

原作小説の中では平面的で白黒だった人物が、まるで色を与えられて動き出すような感じがします。

それだけでもワクワクするのに、この映画にはもう一つの仕掛けが!

映画の始まり部分には『女のいない男たち』に収録されている『シェエラザード』のエピソードが、終わり部分には『木野』のエピソードが付け加えられているのも、村上春樹ワールドに極上の楽しみをもたらしてくれます。

妻の音が自分に対して大きな秘密を抱えていたことももちろん辛いのですが、悠介にとって一番辛いのは、自分が妻に何も言わなかったこと。ある意味妻を見捨てて出ていったために妻は死んでしまったのではないかという良心の呵責に耐えられないギリギリの状態なのです。

そこへ現れた運転手のみさきは、悠介と同じように心に傷を持ち、良心の呵責にさいなまれていました。

『ワーニャ伯父さん』という劇中の舞台にも助けられ、悠介もみさきも自分を受け入れ、かつては自分にひどい仕打ちをしたと思っていた相手を受け入れ再生していく物語。

原作では題名しか出てこない『ワーニャ伯父さん』がこれもある種の熱を持って動き出すことで、物語に大きな意味をもたらしています。

人は誰でも小さなことに傷つき、小さなことに励まされて、辛いことも多いけど辛いことばかりじゃないと、前を向いて生きていくんだと励まされる物語です。

原作のサーブは”黄色”なんだけど、映画の中のサーブは”真っ赤”です。南は広島から北は北海道まで、颯爽と走るサーブが雪の中にくっきりと浮かび上がる姿もかっこよくて素敵ですよ。

『ワーニャ伯父さん』ってどんな話?

ロシアの偉大な作家、チェーホフによる四大戯曲の一つです。大まかなあらすじは以下のようなものです。

ワーニャは亡くなった妹の夫であるセレブリャコフ教授の生活を支えるために、妹の娘・ソーニャと共に必死に働いて仕送りをしていました。

大学を退職した後、セレブリャコフはあろうことか27才のエレーナという女性を後妻に迎え、ワーニャたちの住む田舎に引っ越してきました。

セレブリャコフの活躍が自分の夢でもあるかのように我が身を捧げてきたワーニャでしたが、そんなものは幻想で、セレブリャコフは無能なただの俗物だということがわかってきます。

ただただセレブリャコフに憎しみを抱くワーニャ。そして、セレブリャコフの美しい妻エレーナに対して恋心を抱いていきます。

ソーニャは家に出入りする医者のアーストロフに恋をしていますが、アーストロフもまたエレーナに心を奪われていました。

年取った夫の世話に明け暮れ、慣れない田舎生活にも嫌気がさしていたエレーナは、アーストロフのキスを受け入れてしまします。

そこへワーニャが現れ、キスをしていたところを目撃されたことを知ったエレーナは、この地を発つことを決意しました。

セレブリャコフはフィンランドに別荘を買って余生を過ごしたいと、ワーニャの亡き妹の土地を売ろうと計画しました。それを知って怒り心頭したワーニャはピストルを持ち出してセレブリャコフに発砲しましたが、弾は外れました。

ワーニャは自殺を試みますが、それも失敗します。結局、セレブリャコフとも和解することになり、これまでのように仕送りも続けることになりました。

もう死にたいと訴えるワーニャに、ソーニャは「どんなに不幸せでも、じっとこらえて自然に一生の終わりがくるまで我慢しとおすつもり」と語りかけるのでした。

物語の根底に流れているのは、自業自得というか、救いがないというか、あきらめが肝心というか…。人生に大きな影響をもたらすような物語では決してありませんが、「人生こんなこともあるさ」と弱り切った心には寄り添ってくれる物語です。

自己満足の幸福な人間を否定したチェーホフらしい作品とも言えます。

『シェエラザード』『木野』ってどんな物語?

シェエラザード

シェエラザードとは「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」に出てくる物語の語り手、毎晩枕元でおもしろい話を聞かせては、いいところで「続きはまた明日」と話を打ち切り、王をとりこにした女性の名前です。

羽原の元に週2回通ってくる女性がありました。その女性は外に出られない羽原の代わりにたくさんの買い物をしてきては冷蔵庫に手早く片付けると、決まって羽原とベッドを共にしました。

セックスが終わると彼女が話し始め、4時半きっかりに話をやめて帰っていきます。羽原は彼女を「シェエラザード」と名付けていました。

彼女いわく「前世はやつめうなぎだった」らしく、「高校2年生のとき、初めて他人の家に侵入した」ということでした。

同じクラスの男の子に恋をした彼女は、ある日無断で学校を休んで、その男の子の家に行きました。

隠してあった家の鍵を見つけた彼女は、片思いの男の子の部屋に入り鉛筆を1本盗んで帰りました。そして代わりに引き出しの奥にタンポンをひとつ置いていきました。

2回目はサッカーチームのバッジをもらって自分の髪を3本置いて帰りました。そして寝ても覚めての彼のことばかり考えて、空き巣に入らずにはいられなくなりました。

3回目は浴室の脱衣かごから彼のにおいが染みついたシャツを盗んで帰りました。

4回目に彼の家に行ったら、玄関の鍵が新しいものに変えられていました。彼女は落胆しましたが、もう空き巣に入らなくてもいいんだと、少しほっとしたのでした。

木野

スポーツ用品の販売会社で17年勤めた木野は、会社を辞めて伯母の喫茶店を引き継ぐことにしました。

元々そんな気はなかったのに、会社の同僚が木野の妻と体の関係を持っていたのを目の当たりにしてしまい、翌日会社に退職届を出したのでした。

喫茶店をバーに改装して、店名は「木野」としました。

最初に「木野」の居心地の良さを発見したのは、灰色の野良猫でした。猫は店の片隅の飾り棚で丸くなって眠るのを日課にしていました。

2か月ほどすると、丸坊主の若い男が決まってくるようになりました。彼の名前は神田(カミタ)と言いました。

いつも男と来店する女性と体の関係を持ったこともありました。彼女の体には火傷によるアザがあちこちにありました。

夏の終わりには妻と正式に離婚が成立し、木野は久しぶりに妻と顔を合わせました。妻は「本当にごめんなさい」と言いました。

秋がやってきて、猫がいなくなり、それから蛇が姿を見せ始めました。1週間で3匹の蛇をほぼ同じ場所で目撃しました。伯母に聞いてもこのあたりで蛇を見たことはないとのことでした。

ある夜カミタが姿を見せ「この店は多くの物が欠けてしまった」と言いました。そして「正しいことをしなかった」とも。

どうすればいいのか尋ねる木野に、カミタはできるだけ遠くに行って頻繁に移動し続けるようにと言いました。さらに毎週月曜日と木曜日に、伯母宛てに絵ハガキを出すように、メッセージは一切書いてはいけないと言いました。

しばらくはカミタに言われた通りに行動していましたが、衝動的に伯母にメッセージを書いた絵ハガキを投函してしまいました。

それ以来木野の部屋をノックする音が頭から離れません。その訪問は木野が何よりも恐れていたものでした。

木野は「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかった」「肝心の感覚を殺してしまった」ことにやっと気づきました。

何だか解釈が難しい物語ではあるのですが、悠介が”感情を押し殺してちゃんと傷つかなかった”こととリンクします。

村上ワールドとチェーホフの名作に彩られた素敵な物語、ぜひ劇場でご鑑賞くださいね。

 

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