瀬戸内海に浮かぶ小さな島に住む高校生、青埜櫂と井上暁海。母親を背負って生きる若い2人は互いに支え合い惹かれ合っていった。
櫂といっしょに高校卒業後は東京に出て行くことを夢見ていた暁海だったが、どうしても母親を置いては行けず島に残って就職することになった。距離が互いの心を少しずつ引き離していく…。
心の距離が決定的となり別れてしまった櫂と暁海。突然社会から排除された櫂と経済的に困窮していく暁海。身も心もボロボロになっていく中で、ある出来事が2人の心を再び結びつける。
愛とは救いなのか呪いなのか…。さまざまな愛のかたちが描かれる究極のラブストーリー。
小説『汝、星のごとく』のあらすじ
17歳の青埜櫂(あおのかい)、京都の高校から瀬戸内海に浮かぶ小さな島の小さな高校に転校してきた。櫂のたった一人の家族である母親・ほのかは男を追ってやってきたこの島でスナックを経営している。一時たりとも男無しでは生きられない母親は小さな島の噂の的だ。
櫂は小説を書いている。ネットで知り合った久住尚人から櫂の小説を漫画にしたいと提案があり、2人で書き始めた漫画は出版社の編集の目に留まった。
編集者・植木のアドバイスを受けながら仕上げた漫画が青年誌の優秀賞を受賞すると、次に目指すは連載。寂しさを紛らわせるために櫂はウイスキーを飲みながら今日も物語を紡いでいる。
櫂と同級生の井上暁海(あきみ)。父親には2年前から恋人がいて、ついに家を出ていった。母親は精神を壊し始めてたが、心のどこかでは父親が帰ってくることを諦めてはいなかった。
暁海は漁港で見かけた櫂に声をかけた。愛人の家にいる父親を迎えに行くのについてきてほしいとお願いすると、櫂は意外にもついてきてくれた。
隣島に住む林瞳子(とうこ)さん。刺繍を生業にしていて、暁海も一度だけ教室に通ったことがある。瞳子のオートクチュール刺繡の美しさにに釘付けになり、実は暁海は心を奪われていた。
隠れているところを見つかって暁海と櫂は瞳子のところでお茶を飲むことになった。瞳子は暁海の母親より年上で美人という訳ではないけれど健康的で凛とした女性だった。
島の噂話の種として消費される日々。暁海と櫂は互いの気持ちを分かり合える仲間だった。その日から2人だけで話すようになった。
暁海の自転車の後ろに乗って櫂の家の前に着くと、母親のスナックの窓ガラスが割れて中からカラオケのマイクが飛んできた。母親はまた男に捨てられたようだ。人生で何度目かわからない。
たまたま通りかかった化学の北原先生が常連客に帰るように促してくれて、困ったことがあれば連絡を…と電話番号を渡してくれた。
崩れ落ちて泣く母親を隣に、暁海と櫂はひとりではないことを感じ、初めてキスを交わした。
暁海は母親に隠れてこっそりやっているオートクチュール刺繡を櫂の部屋でやらせてもらうことになった。櫂はその間パソコンに向かって物語を書いている。抱き合って過ごすようになるにも時間はかからなかった。
櫂は高校を卒業したら東京に行くと決めていた。尚人といっしょに漫画を描いていくためだ。暁海にはやりたいことは決まっていなかったけれど、大学に進むために櫂のいる東京に一緒に行きたいと願っていた。
母親に話しても聞いてもらえるはずもなく、暁海は父親に大学進学の援助を頼むことにした。父親と瞳子は暁海の進学を全面的に援助すると約束してくれた。瞳子に頼ることは母親が許さないと暁海は言ったが、瞳子は暁海の人生に関わる話だと譲らなかった。
自立して自分の考えをしっかりと持っている瞳子を、父親が好きになったのが少しわかった気がした。
島の対岸に見える今治の花火大会を見に行った夜、暁海と櫂は砂浜で裸で抱き合った。たまたま通りかかった北原先生に見つかってしまった。北原先生は小さな女の子を連れていた。
暁海と櫂を呼び出した北原先生は、避妊具と一緒に化学室の鍵を2人に渡した。
その日の夜、櫂と尚人の描く漫画の連載が決まった。暁海に報告しようとする前に櫂のスマホが鳴った。暁海の母親が灯油を持って出ていったと言う。頼れる人が思いつかなくて、櫂は北原先生に電話した。
北原先生はすぐに車で駆けつけてきてくれた。後部座席には北原先生の5歳の娘・結(ゆう)ちゃんが眠っていた。
瞳子の家に着くと、暁海の母親の足元には火のついた新聞紙と灯油のタンクが置かれていた。北原先生が素早く火のついた新聞紙を蹴り飛ばしてなんとか事なきを得た。
家から出てきた瞳子を暁海の母親は馬乗りになって殴りつけた。ここまで心を壊した母親を目の当たりにしても暁海の父親は瞳子を選ぶと言った。
暁海は母親を一人にできないと、東京に行くのを諦めた。2人が話す浜辺を宵の明星-夕星(ゆうづつ)が見下ろしていた。
櫂は高校を卒業すると上京し、高円寺の1DKのアパートで暮らし始めた。櫂と尚人の漫画は順調に連載が続いている。暁海はGWやお盆休みには東京に出てきて櫂と過ごす。暁海は母親との生活を支えるため、高校卒業後は地元の内装資材の会社に就職した。
暁海の両親は離婚が決定的となったが、母親は判を押すつもりはないらしく抗うつ剤が手放せない状態だ。コツコツと続けていた暁海の刺繍の腕は瞳子も太鼓判を押すほどになっていた。
櫂は暁海が本命という気持ちを抱きながらも東京で何人かの女性と関係を持っていた。島の生活と東京の生活、圧倒的に異なる価値観に櫂も暁海も少しずつ戸惑いを感じ始めていた。「結婚する?」という櫂の言葉に、暁海は答えることができなかった。
櫂と尚人の漫画はアニメ化され、櫂は東京でマンションを買った。お金の使い方も以前とは変わってしまった。会えないと言っていたお盆には、櫂は突然今治に帰ってきたと連絡してきた。今治は櫂の母親が今の彼氏と一緒に生活している土地だ。
櫂との会話が噛み合わない…。対等な関係ではいられなくなったと痛切に感じた暁海は「結婚しよか?」と言う櫂に「別れよう」と言った。櫂は何度も暁海にメッセージを送ったが、暁海からの返信はなかった。
尚人が訴えられた。尚人はゲイで、恋人の圭くんが高校を卒業したのを機に初めて2人で旅行をしたのだが、その時はまだ圭が17歳だったというのが圭の親の言い分だった。要は息子がゲイであることを受け入れられないようだった。
尚人の記事が週刊誌に載ると、世間からのバッシングとSNSの炎上は留まるところを知らなかった。
連載は打ち切り、既刊誌は絶版、電子書籍は配信停止…と社会から放り出されていく中、とある老舗出版社の文芸編集者の二階堂絵理という女性だけが櫂に小説を書いてほしいと接触してきた。絵理は櫂がその気になるまで何年でも待つと言った。
ある朝、家の中に見慣れない置物があることに気付いた暁海。母親を問いただすと「御利益がある」の一点張り。嫌な予感がして貯金通帳を見ると残高はほぼゼロだった。父親からの離婚の慰謝料も全てなくなっていた。
母親が車で出ていったので暁海は慌てて自転車で追いかけた。母親の車は一時停止を無視して宅配便の車に突っ込んでいた。宅配荷物や相手の車の賠償、母親の入院費、御利益を得るために母親が抱えた借金など400万円が必要だった。
父親と瞳子に100万円借り、暁海は最後の手段と櫂に頭を下げて300万円借りた。櫂のところから帰る途中で、暁海は初めてネットの情報で櫂が大変な目に遭っていることを知った。自分で稼げる強い人間にならなければいけない…。暁海は瞳子に仕事をくれるよう頼みに行った。
櫂は毎月26日に振り込まれる暁海からの返済という繋がりだけが生きる支えとなっていた。暁海がそばにいてくれたら…そればかりを引きずって酒浸りの日々を過ごしていた。
暁海が海を見ていると、北原先生が通りかかった。北原先生は過去に自分の教え子を好きになり彼女を妊娠させてしまったこと、生まれた子どもが結ちゃんであることを語った。間違ったことをしたかもしれないが後悔はしていないと言い切った。
そして暁海に「結婚しませんか」と提案した。足りない者同士の互助会のような結婚をしようと。
北原先生は櫂のことを忘れようとしなくていいと言った。北原先生もずっと別れた彼女のことを探し続けているのだと教えてくれた。暁海は北原先生といると居心地がいいのだと気づき、結婚を決意した。ずっと交流のあった結も賛成してくれた。
櫂は母親からの電話で暁海が北原先生と結婚することを知った。なけなしの10万円を封筒に入れると北原先生宛てに送った。バイトをしながら少しだけ小説なども書いていたが、もうそれも書ける気がしない。
ネットカフェでウイスキーを流し込んでいると、胃に激痛が走り、櫂は血を吐いた。胃がんだった。胃の2/3を切除し抗癌剤治療を受けているが、お金がない櫂は尚人に治療費を貸してもらい尚人の部屋に居候することになった。
ネットで検索すると暁海が刺繡作家として成功している記事が見つかった。尚人に頼まれて圭のことを調べると、圭はイギリスの花屋で働いているとわかった。2人で乾杯していい気分になった櫂は、尚人にもう一度漫画をやろうと言った。
ところが櫂が目を覚ますと、尚人は浴室でこと切れていた。自殺だった。尚人の葬儀の後、櫂は再び血を吐き入院した。
暁海の結婚生活は穏やかで順調だった。会社を辞めて刺繍に専念していたが、暁海の作品は人気があり注文も予約も殺到していた。
突然、櫂の母親から呼び出された暁海は、櫂が胃がんで再入院したことを知った。櫂の母親は自分が行くのは怖いから暁海に櫂の様子を見に行ってきてほしいと言った。
冷静ではいられない暁海の様子に、北原先生はすぐに櫂のことだと気づいた。櫂が命にかかわる病気だとわかると、北原先生は直ちに東京行きの飛行機のチケットを予約し、暁海の荷造りをし始めた。
北原先生は、正しいかどうかよりも大事なものを選びなさいと言い暁海を送り出した。誰にも分ってもらえなくてもいい…、暁海は初めて迷いなく櫂の元へ走る決心をした。
がんばる理由がないと抗癌剤の治療を拒否していた櫂。そこに幻のように暁海が現れた。暁海は高円寺に部屋を借りた。
2度目の抗癌剤治療が終わり櫂は退院してきた。暁海は刺繍の仕事をしながら櫂を献身的に支えていた。櫂は時々ノートに何かを書き綴っていた。北原先生は島の魚や野菜を送ってくれる。
島では暁海はとんでもない悪女としてその名を轟かせているらしいが、北原先生も暁海も全く気にしていない。
桜の花が散るころ、櫂は腹膜全体にがんが散らばっており、もって数か月と告げられた。7月には治療から緩和ケアに切り替えられた。櫂が「今治の花火が見たい」と言った。
櫂の状態があまりよくないので、緊急時の責任が持てないとホテルからも難色を示されると、北原先生は自宅に櫂を迎え入れた。花火大会の日は北原先生が櫂をおぶって対岸の花火が見える浜まで連れて行ってくれた。
北原先生の後ろには明日見菜々という先生の元教え子の女性がいた。暁海には彼女が誰なのかわかる。空には夕星が光っていた。櫂の息はどんどん弱くなっていき、手を握っても握り返してくる力はなくなっていった。
櫂が亡くなって、暁海は北原先生の元へ戻ってきた。結と3人で家事を分担し、それぞれの仕事をしながら穏やかに暮らしている。
北原先生は月に1度菜々に会いに行く。島の人達は好き放題噂しているが、真実は大事な人たちだけが知っている。それでいい。
東京の出版社から暁海の元に封筒が届いた。封筒の中からは1冊の本が出てきた。表紙は瀬戸内の海と空に光る1つの星。目の前に広がる景色と同じだ。
タイトルは『汝、星のごとく』。櫂が書いた小説だった。
『汝、星のごとく』の感想
何と表現したらいいのか。いいとか悪いとか、常識とか非常識とか、そんな言葉では言い表すことのできない深い深い愛を感じる物語でした。
男女の愛、親子の愛、男と男の愛…、物語にはたくさんの愛が描かれています。ただ愛に正直に生きているだけなのに、時に人を縛り人を傷つけ命までも奪うことがある愛。果たして、愛とは呪いなのか救いなのか…。
そんな中で瞳子さんや北原先生の生き方や発する言葉は破壊力が半端なかった。
瞳子さんは暁海の父親を略奪したわけで、北原先生は教え子を妊娠させたわけで、2人とも世間的には決して許されないことをしているのだけれど、自分が選んだ道に責任と覚悟を持って生きている姿はかっこいいと思ってしまいました。
”自分で自分を養えるのは人が生きていく上での最低限の武器”とか”誰のせいにしても納得できないし、誰もあなたの人生に責任を取ってくれない”という瞳子さんの言葉。正しさを人任せにしないという北原先生の言葉。
周りの人が何を言おうがぶれないし、噂話で無責任に傷つけられる人の気持ちを感じ取ってあげられる心の広さを持っていました。こんな大人がそばにいてくれたらもっと楽に生きられる人がいっぱいいるだろうに。
実際こんな風に生きられるかと言われれば難しいかもしれませんが、こんな生き方もあっていいんじゃないかと、生きるために必要なエールを送ってくれる物語でした。
プロローグとエピローグは同じことを書いているのに、物語を読む前と読んだ後では全然感じ方がちがう見事な構成。島の閉鎖的な価値観、ヤングケアラー、LGBTQ、ネットの炎上など現代の生きにくさの全てを包括していて、2023年本屋大賞をそりゃ取るよねという納得の大作でした。
真実は大事な人たちだけが知っていれば、それでいい。これはぜひとも映画になってほしいなぁ。
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