小説『とんび』重松清の名作

最愛の妻との間に最愛の息子・アキラが生まれ、ヤスさんは幸せを噛みしめていました。そんな日々がずーっと続いていくと思っていたのに…。

男で一つでアキラを育てていくことになったヤスさん。

これはそんなヤスさんとアキラの「とんびと鷹の物語」です。

不器用で、間抜けで、から回りしながらも、息子を深く熱く愛し、周りからも愛された父親。それが重松清さんが描きたかった父親・ヤスさんです。

子どもを育てたことのある人なら、ヤスさんの気持ちがわかりすぎて、涙なしでは読めない物語ですよ。

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小説のあらすじは?

広島県備後市の運送会社で働くヤスさんこと市川安男は、喜びをかみしめていました。妻の美佐子さんの中に新しい命が宿ったのです。

生まれて間もなく母親を亡くし、伯父夫婦の養子となって育てられたヤスさんは、実の両親の顔を知りません。美佐子さんの家族は広島に投下された原爆で全員が亡くなり、美佐子さんひとりだけが疎開していて無事でした。

家族のいなかったヤスさんと美佐子さんに血のつながった家族ができるということは、本当に不思議で幸せな心地がする出来事でした。

薬師院にヤスさんの母親のお墓参りに出かけたその帰り、美佐子さんが急に産気づき、ヤスさんは生きた心地がせず、ひたすら祈ることしかできませんでした。分娩室の前はヤスさんの職場の人や飲み仲間であふれ返り、みんなヤスさんの子どもが生まれてくるのを今か今かと待ち望んでいました。

昭和37年10月、そうやってみんなに待ち望まれて生まれてきた息子は”旭(アキラ)”と名付けられ、”とんび”と”鷹”の物語が始まりました。

アキラは両親はもちろんのこと、ヤスさんを小さいころから知る一杯飲み屋「夕なぎ」の女将・たえ子さん、薬師院の跡取り息子でヤスさんの幼なじみ・照雲や親父の海雲和尚、みんなからたくさんの愛情を受けてスクスクと育っていきました。

ヤスさんは幸せでした。この幸せはずーっと続いていくものだと信じて疑いませんでした。

アキラを動物園に連れて行こうと約束していた日曜日、朝から雨が降っていました。動物園行きは中止になり、ヤスさんは明日の仕事が少しでも楽になるように仕事に行くことにしました。

「ヤスさんが仕事をしているところが見てみたい」美佐子さんはそう言って、ヤスさんの仕事場にアキラを連れてついてきました。

ヤスさんが働く運送会社のプラットホームで、アキラは美佐子さんから受け取ったタオルをヤスさんに渡したくて、タオルを振り回しながら駆け出しました。そのタオルの端が積み上げた木箱のささくれに引っかかったかと思うと、荷物の山がぐらりと崩れ落ちました。

あっという間の出来事でした。3人家族は2人になりました。小さな1人を守るために優しい1人の命が奪われてしまいました。美佐子さんが覆いかぶさらなかったらアキラは死んでいるところでした。

父親ひとりで子育てをすることになったヤスさんですが、仲間たちみんなが力になってくれました。たえ子さんや照雲の奥さんの幸恵おばちゃん、海雲の奥さんの頼子ばあちゃん、飲み仲間のみんながアキラを自分の子どものように可愛がってくれました。

周りの友だちにはお母さんがいるのにどうして自分にはお母さんがいないのか、アキラが辛い気持ちを素直に表すことができない時も、ヤスさんが子育てに悩み美佐子さんがいないことに苦しむ時も、周りのみんながヤスさんとアキラに親身になって寄り添ってきました。

5年生の時には野球の選抜チームのレギュラーになりたくて、照雲と無理な練習を続けたために肘を痛めてしまって、ヤスさんと照雲が大ゲンカになったこともありましたが、みんなアキラのためになることは必死でやってきました。

アキラが中学生に上がる少し前に、ヤスさんは中古の一軒家を買い引越もしました。そのころ「夕なぎのたえ子さんに子どもがいる」という噂がヤスさんのところにも流れてきました。たえ子さんは離婚して備後に帰ってきていましたが、子どもがいたなんてことは寝耳に水です。

酔った勢いで聞こうと、ヤスさんはしこたま酒を飲んで「夕なぎ」に出向いていきました。ところが「夕なぎ」に入るなりたえ子さんが「どないしよう」と大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めました。

アキラが「ぼくのお母さん、事故で亡くなったいうけど、どんな事故やったん。教えて。」とたえ子さんに聞いてきたと言います。ヤスさんとの約束でたえ子さんは何も言いませんでしたが、アキラは怒って帰ってしまったのでした。

いつかはアキラの耳に入るかもしれないので、その前にヤスさんの口からちゃんと説明した方がいいとたえ子さんは言い、自分の子どもの話を始めました。

たえ子さんは女の子を産んでいました。しかし元々反対されていた結婚だった上に、田舎の農家に嫁いだ嫁が男の子を産まなかったことで親族中に大いに責められ、それなのに生まれてきた子どもの世話は一切させてもらえませんでした。

たえ子さんは心身ともに限界がきていて、かわいい泰子ちゃんを置いて家を出ました。

その泰子ちゃんの縁談が決まり、元夫から「泰子が生みの母親に会いたいと言っている」という連絡が来たということですが、たえ子さんは「私はお母ちゃんと違う。産んだだけ。」と頑として会おうとはしませんでした。

一方、アキラはたえ子さんだけでなく、照雲の奥さんの幸恵さんやヤスさんの会社の社長にまでお母さんの事故のことを聞いているようでした。もうこの辺りが限界かなと感じ、ヤスさんはアキラに美佐子さんの事故のことを話すことにしました。

ヤスさんはアキラに「お母さんは、お父さんを助けてくれたんじゃ。お母さんはお父さんの身代わりになって、荷物の下敷きになって死んでしもうた。ほんまに…すまんかった……」と言いました。

ヤスさんの会社にたえ子さんの元夫と泰子さんが訪ねてきました。結婚式まで1週間しかないので、どうしても泰子をたえ子さんに会わせてあげたいと言われ、ヤスさんは泰子を「夕なぎ」に連れて行くことにしました。

そっけなくしているけれどもたえ子さんは気付いているようです。おふくろの味を泰子に食べさせ「親いうもんは、子どもが幸せになってくれたらそれでええんよ。」と照雲やヤスさんに話すのでした。

アキラが中2になって、海雲和尚が入院しました。全身に癌が転移して痛みが激しいらしく、もう長くは持たないということでした。

ヤスさんはアキラを見舞いに連れて行きたくて、配達を早めに終わらせて軽トラで中学校へ迎えに行きました。野球部が練習しているグラウンドを見ていると、アキラが1年生の尻にバットを振るっていました。

そんな弱い者いじめのような卑怯なことを許せないヤスさんは、「俺もやられたし、みんなもやっとる。」と言うアキラと大喧嘩になりゲンコツでアキラの左頬を殴りつけてしまいました。

1年生の山本くんのお母さんから「アキラのケツバットのせいで息子がけがをした」と金切り声で電話があり、その後山本くんのお父さんがやってきて、このままでは息子は怖くて学校に行けないから、アキラに野球部を退部しろと言ってきました。

アキラは「ごめんなさい…」と泣き出しそうな声で謝りましたが、相手は聞き入れてくれません。「責任はどう取るのか」と声を荒げる相手に、ヤスさんは「責任より愛の方が大事じゃ。こんな不出来な親が人前に出んでもええように、もう今度から後輩をしばくようなことはせん言うとります。」と一本締めまでして追い返してしまいました。

翌日、山本くんはちゃんと学校に来ていて、アキラは謝ったと言います。海雲和尚は今夜がヤマだと連絡が入り、ヤスさんはアキラを連れて病院へ行きました。海雲和尚はその夜息を引き取りました。

高校生になったアキラは勉強の方も優秀なようで、東京の大学に行きたいと言うようになりました。息子の将来を応援してやりたい気持ちと淋しい気持ちが、心の中でぐるぐるまわるヤスさんは自然と酒の量が増えてきました。

ちょっとしたことからアキラと大喧嘩になったヤスさんは「東京行くんやったら、ゼニは出さん。」と口走ってしまい、次の夜からアキラは帰ってこなくなりました。

照雲のところでお世話になっていることがわかってもヤスさんは意地を張ったまま。毎日飲んだくれて、ついに栄養失調で倒れてしまいました。アキラは第一希望を広島大学に変えると言いましたが、それはそれでヤスさんが許すはずもなく、早稲田大学を受けて無事に合格を勝ち取ったのでした。

アキラの合格祝いの席にもヤスさんは顔を出さず、下宿を決めるときも家財をそろえるときもお金だけ渡して一切関わらず、挙句の果てには出発の日の朝、照雲がアキラを迎えにきたときには、トイレにこもって見送りにも出てきませんでした。

大学生3年生になってアキラは出版社でバイトするようになり、取材のためお正月には帰れないと言ってきました。そして東京で出版社に就職したいと言います。

暇を持て余し酒をあおりながら過ごすお正月。アキラがバイトをしているという出版社の『シティ・ビート』という雑誌を買って読んでみるも、全然面白さがわからない…。ふてくされてうたた寝しているところへアキラから電話がありました。

『シティ・ビート』のスニーカー特集の中で”A”とイニシャルの入った記事はアキラが書いたと言います。ヤスさんはみんなに配って回るために、毎月10冊の購読予約の手続きをしました。そしてアキラはめでたくその出版社の正社員として就職することが決まりました。

東京になど絶対に行かないと決めていたヤスさんでしたが「ヤスさんに謝りたいと死の床で願っている人がいる」と言われ、急遽東京に行くことになりました。それはヤスさんの実の父親でした。

ヤスさんの実の父は子連れの女性と再婚して新しい家庭を築いていましたが、備後に置いてきたヤスさんのことをずっと気にかけていたと言います。息子と称する人から「血はつながっていなかったけれど、幸せだった」という言葉を聞いて、迷いやためらいの消えたヤスさんは、父と会う決心がつきました。

ヤスさんは眠っている父親のそばで床に膝をついて、手を握り、何度も「ありがとうございます」と繰り返しました。

そのまますぐに備後に帰るつもりだったヤスさんは、急にアキラに会いたくなりアキラの勤める出版社に訪ねていきました。あいにくアキラは取材ででかけていましたが、編集部の人がアキラの仕事場を案内して見せてくれました。

そして、アキラが入社試験で書いた「嘘と真実について」という作文を探してきてヤスさんに読ませてくれました。そこにはこんなことが書いてありました。

アキラが東京で成人式を迎えた数日後に、照雲から「海雲和尚からの遺言だ」という手紙が送られてきました。そこには母が自分の命と引き換えに救ったのは父ではなくアキラだったと。母に命を守られ、父に育てられ、たくさんの人に助けられ成人したことを、どうか幸せだと感じてほしいと書かれていました。

アキラはこの手紙を読むまで、父が話してくれたことを真実だと思ってきましたが、父を恨んだことは一度もありませんでした。父は嘘をついていたけれど、ほんとうに大切な真実は、父と過ごしてきた日々にあったのかもしれない…とくくられていました。

ヤスさんは男泣きに泣き、備後へと帰っていきました。

その日は突然にやってきました。アキラ26才、ヤスさん54才の秋。アキラは坂本由美さんという女性を連れて備後に帰ってきました。結婚したいと言います。

由美さんはアキラの7才年上で、離婚経験があり3才の子どもがいると言いました。「夕なぎ」での夕食会、アキラは美佐子さんに似た女性を連れてくるだろうと勝手に想像していたヤスさんは、1人で酒をあおってすねていました。

ちょっと買い物行ってくるとたえ子さんが出ていき気まずい雰囲気の中、由美さんは息子の健介くんの写真をヤスさんに見せました。アキラのことをパパと呼び、アキラは血がつながっていなくても健介は自分の息子だと言います。

そこへ険しい顔をした照雲がやってきました。「ほんまにこんなオナゴでええんか。年上のコブツキにええようにたぶらかされて。」と照雲がカウンターを掌で叩くと、ヤスさんに火が付きました。

「このクソ坊主!アキラに惚れてくれとって、アキラも惚れとって、それのどこに文句があるんな!」照雲の胸倉をつかみ、怒りながらボロボロ涙をこぼしていました。

「アキラの女房は、わしの娘じゃ!」と叫ぶと、たえ子さんが「ヤッちゃん、よう言うた!」とお玉で空の鍋をたたきました。全ては照雲がしかけた演技でした。

時代は平成に変わり、バブル景気がはじけ苦戦を強いられているのは流通業界も同じでした。人件費削減は本社からの至上命令です。そんなとき、ヤスさんに東京転勤の話が出ました。昔、備後で営業課長をしていた萩本常務が、ヤスさんに若手の教育係をしてほしいと言っているとのことでした。

ヤスさんは話を聞くために東京に出向いてことにしました。アキラの家に泊まった夜、アキラは赤ちゃんができたと言い、東京で一緒に暮らそうと言いました。

ヤスさんは「逃げる場所がないといけんのよ、人間には。わしは備後に住む。」と言って帰っていきました。

ヤスさんは会社を早期退職して「夕なぎ」の手伝いをすることになりました。こうやって仲間たちに囲まれて年老いていくのも案外楽しいのかもしれないと思います。

由美さんが妊娠7か月に入り、アキラの家族が備後に遊びに来ました。健介を海に連れてきたヤスさんは「幸せじゃがな、わし」と独り言ち健介を抱きしめました。

アキラと由美さんと照雲がやってきて、みんなが笑顔で駆け回る中、ヤスさんはひとり、家族に囲まれ、ふるさとの風に吹かれて、泣き続けました。

小説の感想は?

もう何度涙で文字がにじんだことか…数えきれないくらい胸に熱く迫ってくる物語です。”感動”という言葉がこれほどぴったりくる物語はないんじゃないかと思うほど。

分かりやすく言えば、男手一つで息子を育てるヤスさんの「子育て奮闘記」ですが、そこには父の愛だけではなく、周りの大人たちみんなで子育てをしていた「昭和の良き時代」がありました。

いつも頭に血が上ると暴走して空回りして、意地を張ったら引っ込みがつかなくなって、全然心にも思ってないことを口走って、そのくせずっと後悔してグズグズ言って、子どもみたいなお父さんとんびのヤスさん。

ときにはどっちが大人でどっちが子どもかわからなくなるくらいにグダグダになるのですが、その胸の奥にあるのはいつもアキラへの熱い熱い愛。その姿は愛おしくなるくらいですね。

これが夫だったらだいぶめんどくさいと思いますが…(笑)

そんなヤスさんも、かつては誰かの息子でした。実の父親に会ったときには、素直な息子になって「ありがとうございます」と何度も繰り返し、連綿と続いていく命のつながりを実感したのだと思います。

ヤスさんは言いました。

大事に思うとる者同士が一緒におったら、それが家族なんじゃ、一緒におらんでも家族なんじゃ。自分の命に替えても守っちゃる思うとる相手は、みんな、家族じゃ、それでよかろうが。

大きな家族に守られたヤスさんとアキラ。そして健介もこれから生まれてくる子どもも同じように、大きな家族に守られて生きていくのでしょうね。

人と人とのつながりの大切さをより感じる今という時代だからこそ、さらに響くものがあると思います。

泣くのは必至です!ティッシュを小脇に抱えてぜひ読んでみてください!

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