
映画監督でもあり脚本家でもある荻上直子さんの描く、何気ない日常。
生きるのが下手な人たちが集まった、川っぺりに建つ築50年の「ハイツムコリッタ」。
新たに仲間に加わった山田も訳ありの人生を歩んでおり、もう誰とも関わらないつもりでいました。それが、ムコリッタの人たちと過ごすうちに、日常が少しずつ色付き始めます。
そんなある日、山田の秘密が知られることに…。
小説のあらすじとネタバレ
孤独な青年・山田は、北陸の川沿いの小さな町の川っぺりに建つ「ハイツムコリッタ」の住人の仲間入りをすることになりました。
川っぺりを選んだのは、自然災害で突然日常が消えることもあるかもしれないというギリギリを味わうことで、生きている実感を確かめたかったから…。
働くことになった職場はイカの塩辛を作っている小さな工場。中島さんは丁寧に仕事を教えてくれるけれど、山田はもう誰とも関わらず、目立たずひっそりと暮らしていきたい…、どうせ自分なんていてもいなくても同じなんだから…と思っていました。
物心ついた頃には父はいなくて、唯一の家族だった母には高2のときに捨てられました。その後は知人のところを転々とする生活をしていたりで、一人暮らしは初めてです。
お風呂上りにパンツ一丁で、窓を正面に正座をして、冷たいコップ一杯の牛乳を一気飲みするのが至福の時間です。飲み干したあと「あ~っ」という声の余韻に浸っていたら、玄関をノックする音が聞こえました。
出てみると「ボク、隣の島田。風呂貸してくんない?」と伸び切った髪に無精ひげの男が立っていました。「無理です。無理。」山田は誰とも関わらず一人で生きていく決意をしたばかりでした。
ムコリッタには島田のほかに、203号室には大家の美しい女性・南さんとその娘のカヨコ、201号室には墓石の訪問販売をしている溝口さんといういつも黒スーツを着た父と息子の洋一が住んでいました。
郵便受けにどこかの市役所の福祉課からの手紙が入っていました。難しくて何が書いてあるのかわからなかったので、電話してみることにしました。その話の途中で「矢代大輔」という名前が出てきて、慌てて「僕には関係ないです」と言って電話を切ってしまいました。
給料日まであと2日、財布の中にあるのは数円。どこにも行かずに、ひたすら空腹に耐えて寝ていたら、窓から「山田さん」と島田から声をかけられて「庭で取れた野菜。置いとくよ。」とキュウリとトマトをもらいました。
給料日には早速米を買って、工場からご褒美にもらったイカの塩辛をのっけてご飯をかきこみました。久しぶりにご飯を食べて幸せな気持ちになっていて、魔が差したのか、もう一瓶あるイカの塩辛を野菜のお礼に島田にあげることにしました。
島田は「お礼なら、塩辛より風呂貸してくんない?」とどかどかと入ってきて、風呂に入っていきました。
成り行きで島田が狭い庭に作った畑を手伝うことになり、島田の幼馴染のガンちゃんという恐ろしく目つきの鋭い人と3人で畑仕事をしました。そのあとは島田は当たり前のように山田の部屋で風呂に入り、ご飯を食べていきます。
ガンちゃんは実はお寺の坊さんだと聞いて、山田はこの前の手紙のことを島田に相談してみました。矢代大輔というのは山田の父で、孤独死した父の遺骨を引き取りに来てほしいという内容の手紙が来ていたのでした。
島田に「山ちゃんの父親がどんな人だったとしても、いなかったことにしちゃダメだ。」と言われ、山田は遺骨を引き取りに行くことにしました。
南さんのところに家賃を払いに行こうと表に出ると、初めて見るおばあちゃんがくわえタバコで花壇に水をやっていました。
そのことを島田に話すと「え?」と一瞬で顔色が変わりました。103号室に住んでいたおばあちゃん岡本さんが亡くなったのはもう2年も前のことでした…。
その夜は怖くて眠れなくて、父の骨壺があることも怖さを掻き立てていると思った山田は、遺骨を捨てようと思って川へ行きました。ところがガンちゃんの鋭い目で睨まれ、すごすごと帰ってきたのでした。
翌朝、島田から「遺骨は砕いて粉にしてまかないと犯罪になるよ」と教えられました。
201号室からすき焼きのニオイがしてきます。図々しい島田はいつものようにどかどかと部屋に入っていき、胸ポケットから「マイ箸」を取り出してすき焼きを食べ始めました。山田は慌てて箸を取りに戻って同じように参戦!そこへニオイを嗅ぎつけた南さん親子もやってきました。
先日見たおばあちゃんの話になると、南さんは「岡本さんだ。お化けでもいいから岡本さんに会いたい。いいな、山田さん。」と言いました。
いつもなら自分からどかどかとやって来るはずの島田がやってきません。庭で畑仕事をしている島田を見つけて話しかけてみますが、何だか様子が変です。
島田は言いました。山田の秘密を知ってしまったと…。
初めは一人でひっそり生きていこうと思っていたのに、一体何を期待していたんだろうと、島田の態度がそっけなくなったことに落ち込む山田。
仕事中に手を切ってしまった山田に、社長が「大丈夫?中島さんが心配してた。」と話しかけます。山田が「中島さんだって、僕の前科知ったら、きっと今まで通りっていうわけにいかない。」というと、社長は「中島さんは初めから知ってるよ。今辞めんな。」と言って去っていきました。
休みの日、父を火葬場で見送ってくれた市役所の職員を訪ねることにしました。「父は自殺だったんでしょうか。」と聞くと、「おそらく自殺ではありません。最後に住んでいた場所に行ってみましょう。」と言ってくれました。
父は窓を正面に座っていて、急な心不全か何かで倒れたようだと…。しかも上半身裸でパンツ一丁でテーブルの上には飲みかけの牛乳が置いてあったと言います。
山田は「やっぱり父親でした」と言い、笑いが止まらなくなりました。
アパートに戻ると、南さんがホースで庭に水を撒いていました。そして言いました。
「せつな、たせつな、ろうばく、むこりった」
岡本さんが言っていた言葉です。
前の大家だった南さんの祖母が施設に入るのを、南さんが岡本さんと一緒に見送った日、空は美しい紫色でした。岡本さんは言いました。「この紫色が生まれて消える間に、誰かが生まれて誰かが死んでゆくんだ。」
数日後、島田がまた以前のようにどかどかと訪ねてきて「…こないだのこと、ごめん。ボクだって言いたくない過去もあるのに。山ちゃんみたいなやつが隣に引っ越してきて、本当に嬉しかったんだ。」と言いました。
土手で父の遺骨を砕いていると、南さんが現れて「お葬式しましょう。お父さんの。」と言いました。
山田は、溝口さんに借りた黒いスーツを着て、父の遺骨を持って外に出ました。すると、溝口さんがつぶやきました。
「せつな、たせつな、ろうばく、むこりった」
ムコリッタの住人とガンちゃんとが並んで土手を歩いていきます。
山田は、遺骨を掴んでゆっくりと目の前で手を開きました。白い骨粉は、手のひらからこぼれ、紫色の光を受けてキラキラと輝きながら、風に流されていきました。
『川っぺりムコリッタ』の感想
「ギリギリで生きている感じ」を味わいたくて川っぺりに住むことにした山田青年。
川沿いの土手にはホームレスも住んでいて、自分のいるこっち側とホームレスの住んでいるあっち側の境界線は、あってないようなものだと思っていた青年が 、少しずつ自分の生活を愛おしく感じ始めるのが、手に取るように伝わってきます。
そこは、さすが荻上直子さんの描写!
ハイツムコリッタに住んでいるのは、世の中から落ちこぼれ、生きるのが下手くそな人ばかり。
だけど、最初は図々しいと思っていた島田もなんだか可愛いやつだと思えてくるし、亡くなった人を慈しむ姿には心がこもっていて、心が温かくなります。
この人たちがいる限り、山田青年はきっと大丈夫!ムコリッタが朽ち果てるまで、みんなここで生活するのでしょう。
都会とは明らかに違う時間の流れに、ちょっと今どきではない昭和のニオイすら感じますが、とても癒される物語です。
松山ケンイチさんの山田と、ムロツヨシさんの島田は笑えるくらいはまり役ですよ!
「ムコリッタ」ってどういう意味?
ハイツムコリッタの住人だった岡本さんがよくつぶやいていた「せつな、たせつな、ろうばく、むこりった」
呪文のようでもあり、何だか心地よい響きを持った言葉です。一体どういう意味なのでしょう?
「ムコリッタ」は「牟呼栗多」と書いて仏教用語における時間の単位のひとつで、ここでは「ささやかな幸せの時間」という意味で使われています。
1昼夜(24時間)=30牟呼栗多(むこりった)
1牟呼栗多(48分)=30臘縛(ろうばく)
1臘縛(96秒)=60怛刹那(たせつな)
1怛刹那(1.6秒)=120刹那(せつな)
つまり 1刹那≒0.013秒 となります。
「刹那」は非常に短い時間のことで、日常的にもよく使われる言葉ですが、元々は仏教用語で具体的な長さが決まっている時間だなんて、知りませんでした!
岡本さんが言っていた「せつな、たせつな、ろうばく、むこりった」は現代風に言うと「秒、分、時間」みたいなことを言っていることになるのですが、響きが素敵だと聞いていて心地いいですね。
お寺の坊主のガンちゃんが言うのならわかりますが、普通のおばちゃんの岡本さんがなんでこんな言葉を知ってるんだろ?岡本さんに何があったのかな?って思わず想像してしまいます。
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