村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』

村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』に収められている珠玉の小説『ドライブ・マイ・カー』。

孤独な男と孤独な女が、車の中で交わす身の上話のような会話が物語を紡ぎます。

俳優の家福は最愛の妻を亡くし、失意の中から未だ立ち直れずにいます。妻は大きな秘密を持ったまま亡くなり、その秘密は今なお家福を苦しめ続けています。

そこへ家福の専属ドライバーとして現れた女性、みさき。彼女もまた孤独を抱えた人間でした。

孤独な男と孤独な女が、会話を通して自分を見つめていきます。家福の心は救われるのでしょうか。

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小説のあらすじは?

家福は自分の愛車、黄色のサーブ900コンバーティブルを運転してくれる”運転手”を探していました。

12年乗り続けてきたサーブは、ところどころくたびれてはいるものの大きなトラブルは皆無で、家福は格別の愛着を持っていました。

新車で買ったときには家福の妻はまだ存命で、黄色いボディカラーは妻が選んだものでした。家福が運転して2人でよくドライブにも行きました。

そのサーブで接触事故を起こしてしまい、アルコールが少し入っていたのと緑内障の影響で視力に問題があったために免許停止になってしまいました。

家福は俳優をしており、週に6日は舞台に出演しています。車の中でセリフの練習をしたいので、公共交通機関を使いたくありません。事務所からも視力の再検査でよい結果が出るまでは運転してはいけないと強く言い渡されています。

信頼する修理工場のオーナーである大場が、運転の腕は確かだと紹介してきたのは20代の女性で渡利みさきといいました。みさきの運転は大場の言った通りとても快適なものでした。

みさきの運転するサーブの助手席で、家福は亡くなった妻を思い出すことが多くなりました。妻は家福より2歳年下の美しい女優で、初めて会ったときから亡くなるまでずっと彼女のことを心から愛していました。

ところが妻は家福が知っているだけでも4人の男と寝ていました。いずれも映画で共演する俳優で、撮影の間だけ関係が続き、終わると消滅する関係でした。

家福は妻と男との関係に思いを巡らせることも苦痛でしたが、そのことに気付いていないふりをすることにも苦痛を伴っていました。それさえなければ妻との関係はとても満ち足りたものだったのに…。

妻が子宮癌を患いあっという間に亡くなるまでの間、何度も「なぜ他の男と寝たのか。彼らに何を求めていたのか。何が自分に足りなかったのか。」問いただしたい衝動に駆られましたが、結局何一つ聞くこともできないまま、妻は家福の前からいなくなってしまいました。

家福と妻との間には3日間だけ生きた子どもがいました。心臓の弁に生まれつき問題があったとのことでした。思えば妻がほかの男と関係を持つようになったのは、子どもを亡くした後かもしれません。

その子どもが生きていれば、現在24歳のはず。みさきが24歳だと聞いて家福の胸は疼きました。

家福とみさきは次第にいろんな話をするようになりました。

みさきの父は8歳で妻子を捨てて出ていき、母親は酒におぼれた生活をした挙句、飲酒運転で事故を起こして亡くなったと言います。

友達は作らないのかと尋ねるみさきに、家福は「最後に友達を作ったのは10年前で、その男は僕の奥さんと寝ていた。」という話を始めました。

妻が亡くなってから、その高槻という男性に会い「妻の思い出話をしたい」と飲みの席に誘ったと言います。動機は妻がなぜその男と寝なくてはならなかったのかを知りたかったからでした。

高槻は家福の妻のことを本当に好きだったようでした。妻が癌だというのを知ったのは亡くなる数週間前だったとのことで、未だに気持ちがうまく整理できていないようでした。

半年くらいあちこちを飲み歩くという付き合いが続きましたが、ある日ぱたりと会うのをやめたと言います。高槻から電話がかかってきても、それさえも無視していました。

本当は友達のふりをして安心させておいて、致命的な弱点を見つけたらそれを使って痛めつけてやるつもりでした。それがあるとき急にいろんなことがどうでもよくなって、もう怒りも感じなくなっていました。

それでもなぜ妻が高槻に心惹かれ抱かれることになったのか、未だにとげのようなものは心に刺さったままです。

みさきは「奥さんは本当は、その人に心なんて惹かれてなかった。だから寝たんです。女の人にはそういうところがあるんです。」と言いました。

『シェエラザード』『木野』ってどんな物語?

映画『ドライブ・マイ・カー』には『女のいない男たち』に収録されている『シェエラザード』と『木野』という物語が織り交ぜられています。

シェエラザード

シェエラザードとは「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」に出てくる物語の語り手、毎晩枕元でおもしろい話を聞かせては、いいところで「続きはまた明日」と話を打ち切り、王をとりこにした女性の名前です。

羽原の元に週2回通ってくる女性がありました。その女性は外に出られない羽原の代わりにたくさんの買い物をしてきては冷蔵庫に手早く片付けると、決まって羽原とベッドを共にしました。

セックスが終わると彼女が話し始め、4時半きっかりに話をやめて帰っていきます。羽原は彼女を「シェエラザード」と名付けていました。

彼女いわく「前世はやつめうなぎだった」らしく、「高校2年生のとき、初めて他人の家に侵入した」ということでした。

同じクラスの男の子に恋をした彼女は、ある日無断で学校を休んで、その男の子の家に行きました。

隠してあった家の鍵を見つけた彼女は、片思いの男の子の部屋に入り鉛筆を1本盗んで帰りました。そして代わりに引き出しの奥にタンポンをひとつ置いていきました。

2回目はサッカーチームのバッジをもらって自分の髪を3本置いて帰りました。そして寝ても覚めての彼のことばかり考えて、空き巣に入らずにはいられなくなりました。

3回目は浴室の脱衣かごから彼のにおいが染みついたシャツを盗んで帰りました。

4回目に彼の家に行ったら、玄関の鍵が新しいものに変えられていました。彼女は落胆しましたが、もう空き巣に入らなくてもいいんだと、少しほっとしたのでした。

木野

スポーツ用品の販売会社で17年勤めた木野は、会社を辞めて伯母の喫茶店を引き継ぐことにしました。

元々そんな気はなかったのに、会社の同僚が木野の妻と体の関係を持っていたのを目の当たりにしてしまい、翌日会社に退職届を出したのでした。

喫茶店をバーに改装して、店名は「木野」としました。

最初に「木野」の居心地の良さを発見したのは、灰色の野良猫でした。猫は店の片隅の飾り棚で丸くなって眠るのを日課にしていました。

2か月ほどすると、丸坊主の若い男が決まってくるようになりました。彼の名前は神田(カミタ)と言いました。

いつも男と来店する女性と体の関係を持ったこともありました。彼女の体には火傷によるアザがあちこちにありました。

夏の終わりには妻と正式に離婚が成立し、木野は久しぶりに妻と顔を合わせました。妻は「本当にごめんなさい」と言いました。

秋がやってきて、猫がいなくなり、それから蛇が姿を見せ始めました。1週間で3匹の蛇をほぼ同じ場所で目撃しました。伯母に聞いてもこのあたりで蛇を見たことはないとのことでした。

ある夜カミタが姿を見せ「この店は多くの物が欠けてしまった」と言いました。そして「正しいことをしなかった」とも。

どうすればいいのか尋ねる木野に、カミタはできるだけ遠くに行って頻繁に移動し続けるようにと言いました。さらに毎週月曜日と木曜日に、伯母宛てに絵ハガキを出すように、メッセージは一切書いてはいけないと言いました。

しばらくはカミタに言われた通りに行動していましたが、衝動的に伯母にメッセージを書いた絵ハガキを投函してしまいました。

それ以来木野の部屋をノックする音が頭から離れません。その訪問は木野が何よりも恐れていたものでした。

木野は「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかった」「肝心の感覚を殺してしまった」ことにやっと気づきました。

小説の感想は?

男はいつの世も女に振り回され、女よりずっと引きずる生き物なんだと改めて気づかされます。

女だったら、同じ立場に置かれたらきっと真相を追求して修羅場を迎えること間違いなし。さらには夫が秘密を持ったまま亡くなったとしても、その秘密に長い間囚われるなんてことはないような気がします。

みさきが家福に言う「女の人にはそういうところがあるんです」とか「病気なんです」っていう考えは、まさに女性的。自分がどう頑張ってたって結果は変わらないし、病気なんだから治すこともできない、私は悪くないからさっさと吹っ切って次へ行こう!ってことでしょ。なんかめっちゃわかる。

男はきっと、こういう吹っ切り方できないんでしょうね。みさきと話すことで、自分の思いを言葉にすることで少し救われてたらいいな。

村上ワールドのお決まりで、最後は「この後のことは想像してね」という終わり方。このパターン、私はしっくりくるときと「えええっ!そこで終わる?」っていうときがあるんだけど、今回はしっくりきました。

家福はきっと、少し気分が持ち直すかもしれないけど、この後も同じこと思って同じこと悔やんでグルグルと同じところを回ってるんだろうなぁ。

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