
映画『スパイの妻』は黒澤清監督が濱口氏・野原氏と共に脚本を手掛けた、渾身のオリジナル作品です。
この小説は、行成薫氏に依頼がありノベライズされることになったもので、映画『スパイの妻』の原作ではありません。
映画のプロットとは少し違う部分があるようですが、映画では描くことのできない細かい部分が描写されていて、より登場人物の心情に感情移入できると思います。
登場人物
福原聡子
愛する夫と共に、自分らしく生きたいと。ただそれだけを望んでいたのに…。時代に翻弄されたどり着いた先は…、幸福だったのでしょうか。
福原優作
権力や圧力にも屈することなく、一度決めたら決して曲げることがない強い信念を持つ、聡子の夫。
映画が大好きで、妻を主人公にした「スパイの妻」という短編映画を自主制作するまでに。
津森泰治
神戸の憲兵分隊長であり、聡子の幼なじみ。
小説のあらすじ
神戸で貿易商をしている福原優作。医薬品の商談で甥の竹下文雄を連れて満州に渡ります。
福原聡子は夫の留守中に、憲兵隊長の津森泰治から「福原家は目をつけられている。行動には気を付けて。」と忠告され、万が一のときには自分に直接連絡するようにと言われます。
満州から帰ってくると、甥の文雄は「やりたいことが見つかった。会社を辞めて小説を書きます。」と言って執筆活動に没頭することに。
憲兵分隊の庁舎に呼び出された聡子は、津森から、福原家が懇意にしている旅館「たちばな」の仲居・草壁弘子の水死体が発見されたと…、草壁弘子はスパイの情婦だったと…、さらに草壁弘子を雇うように「たちばな」に口利きしたのは優作であると、告げられます。
優作に問い詰めても「知らない」と言われ、聡子は文雄が執筆活動をしている「たちばな」へと向かいます。
文雄から、優作に渡してほしいと「あるもの」とことづかり、それを届けに行った聡子は再び、草壁弘子について問い詰めます。しかし優作は「僕を信じて、何も聞くな」を繰り返すばかり。
夫の中に生きている草壁弘子の影に嫉妬した聡子は、夫の留守を見計らって、金庫にしまってある「あるもの」の中身を確認します。それは映写機のフィルムと日本語で書かれた手帳、英文で書かれた文書でした。
聡子はそれを津森に渡し、文雄は憲兵隊に逮捕されます。そして激しい拷問の末に「草壁弘子を殺した」と自供させられます。
責める優作に、聡子は「英文の文書は渡さずここにある。本当のことを教えてほしい。」と詰め寄ります。
優作は満州で衝撃的な事実を知りました。日本軍は細菌兵器としてペストを培養しており、それを満州で試していたのでした。ペストにかかって死んだ人はまとめて袋に入れて土に埋められ、蔓延を防ぐために家ごと焼かれていました。
草壁弘子は満州の防疫部隊におり、彼女の夫は軍の中枢で軍医として働いていました。実は彼女の夫は英国のスパイであり、研究内容を記した手帳があると言います。記録した資料映像もあるので、その内容を優作のカメラで撮影して持ち出してほしいと頼んできます。
細菌兵器に手を出してしまった日本軍は破滅の一途をたどるに違いない…。この事実を明るみに出してアメリカに参戦を促し、完膚なきまでに焼き尽くさなければ日本は再生できない…と、草壁弘子は説きます。
優作と文雄は草壁弘子に協力することを決断します。文雄が執筆していたのは研究内容を記した手帳の英訳でした。草壁弘子が死んで、文雄が逮捕されてしまった今、この文書をアメリカに持って行って公表するのは、もはや優作の仕事でした。
そして、聡子は優作と共にアメリカへ密航する、どこまでもついて行くことを決断します。スパイの妻になる道を選ぶのでした。
どちらかがアメリカに着けるように、2人は別々に密航することにします。聡子は神戸港からアメリカ行きの貨物船に潜入しました。
ところが憲兵隊がやってきて、聡子は見つかってしまいます。密航の通報があって、てっきり福原優作が潜伏いるのだと思って乗り込んできたと津森は言います。
夫がしていることは間違っていないことを証明しようと、聡子は持っていたフィルムを憲兵たちに見せます。しかし、流れてきた映像は…、優作が妻・聡子を主役に自主制作した短編映画でした。
優作は自分が憲兵たちを巻いて、無事に密航を果たすために、妻を囮に使ったのでした。
映画とは違う物語の結末(ネタバレ)
ここから先はネタバレです。小説をこれから読もうと思っている方は気を付けてくださいね。
小説の感想
食べたいものを食べて、着たい服を着て、行きたいところへ行く。そんな当たり前の自由がなかった時代、今とは違う常識がまかり通っていました。
日本は間違った方向へとまっしぐらに進んでいたのです。
それを看過することができなかった優作という男。妻と故郷を捨てて、なぜこんな道を選んでしまうのか…。
自分の中にある正義に忠実に、正しいと思うことをやり遂げることに、人は取り憑かれてしまうものなのでしょうかね。
それが、彼なりの愛の形だったとしても、きっと妻だったら耐えられない。「スパイの妻」とそしられても優作と共に生きてこそ耐えられるんであって、彼のいない中、1人でそのそしりを受けるのは地獄のような苦しみだったでしょう。
我が子が生まれてきてくれたから自分も生きてこられたけど、そうでなかったらどうなっていてもおかしくなかった気がします。心が壊れてしまって当然でしょう。
小説では、物語の前後で孫たちが遺品整理をしている場面が描かれます。遺品の中から優作が撮った短編映画が出てきて、それを見た孫たちが「聡子おばあさんは、こんなにも美しくて、こんな風に笑う人だったんだ」と話すのです。
津森と再婚してからの聡子は、決して明るく朗らかに生きてきたわけではなかったのだということなのでしょうか。
それらの事情を全て知ったうえで、八重子を連れた聡子と結婚した津森は本当に深い深い愛に満ちた人だったのでしょう。津森もまた苦しい愛に生きた人だったのですね。
優作の愛も一つの愛の形だったのかもしれませんが、私は津森の愛の形の方が好きです。聡子は決して優作を忘れているわけではなく、戦争が終わったらいつかは会える日が来るかもしれないと心のどこかで思っていたと思うのです。
そんなことも全てひっくるめて、聡子を受け入れた津森の愛情の大きさに、私は一番心を持っていかれる気がしました。
危険を冒して信念を貫いて、一体誰が幸せになったのかな。優作は本当にそれで幸せだったのかな。切ない切ない物語でした…。
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コミック版は上下2巻で完結です。こちらは映画の脚本が原案となっているので、小説版とは少し結末が違います。
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