北野武さんが初めて書き上げた歴史小説『首』は、たけしさんが長い間温め続けてきた歴史エンターテインメントです。
舞台は織豊時代とも言われる織田信長と豊臣秀吉が権力をほしいままにしていた安土桃山時代。
豊臣秀吉に仕え忍びの働きをしていた曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)という芸人の口によって語られる不条理な戦国の世の話。
明智光秀の謀反は豊臣秀吉が仕組んだ陰謀だったという北野武さんのシニカルな発想を笑いを交えて描いたスタイルはさすがと言うより他ありません!
同じ「百姓」出身の秀吉と茂助、一方は天下を取りもう一方はあっけなく戦で命を落としてしまいます。
その違いは何だったのか…。答えは「首」。
北野武さんが映画化することを前提に脚本と小説を同時進行で書き上げた作品です。描かれるのは偉人なんかではない戦国武将たちの真の姿…なのかもしれません。
【主なキャスト(敬称略)】
北野武:羽柴秀吉
西島秀俊:明智光秀
加瀬亮:織田信長
難波茂助:中村獅童
木村祐一:曽呂利新左衛門
小説『首』のあらすじは?
時は戦国時代。織田信長に反旗を翻した荒木村重は、明智光秀や羽柴秀吉らに総攻撃をかけられ単身で有岡城を脱出し逃亡しました。
村重への見せしめのため、荒木一族は信長によってことごとく処刑。
有岡城の門前で曽呂利新左衛門とお供のチビとデカブツが、そこに転がるおびただしい数の死体を検分していると、1人の騎馬武者が襲いかかってきました。
捉えてみるとその騎馬武者は織田軍になりすまして逃亡を謀ろうとしていた荒木村重でした。曽呂利は村重を千利休の元へ連れてい行きました。利休は村重の身を明智光秀にゆだねます。
一方、丹波篠山の貧しい集落に育った百姓の茂助は、街道を行進していく隊列を目にして「自分も秀吉のように出世する」と、家族を捨てて為造と共に雑兵として隊列に加わることにしました。
ある日の明け方、茂助の部隊は奇襲攻撃を受けました。窪地に隠れて事なきを得た茂助がはい出してみると部隊は壊滅状態です。
そこへ武者の首を抱えた為造が現れます。茂助は為造を殺して首を奪い取りました。一部始終を見ていた曽呂利新左衛門は茂助を秀吉の元へと連れて行きました。
茂助は功績により若党という下級武士に取り立てられ’難波’という苗字までもらいました。
曽呂利と茂助、チビ、デカブツは秀吉の命令で甲賀に使いに出されます。その甲賀で曾呂利が目にしたものは、信長が嫡男・信忠に家督を譲ると書いた書状の写しでした。
ずる賢い光秀、道化者の猿、狸の家康は信長の跡目を狙う油断できない奴らなので、意に背けばサッサと討つようにということも書かれていました。
その内容を知った秀吉は家康と光秀に書状を書き、信長が目障りな家臣は亡き者にするつもりであることを伝えました。
そんな中、信長が家康の暗殺計画を光秀に命じます。信長の恐ろしさを嫌と言うほど知っている光秀は、密かに匿っている村重のアドバイスもあり、その計画を実行することにしました。
その計画を光秀から聞いた秀吉は、曽呂利ら4人に家康を救出することを命じました。
家康の命を狙って様々な討手が放たれますが、影武者を立てたり曾呂利たちの活躍があったりで、家康はなんとか命をつなぎ留めました。
家康の暗殺が失敗に終わり、信長からにらまれた光秀はいよいよ自分の命が危ないと思うようになりました。
村重は光秀に「信長と家康の2人とも仕留める」という計画を進言し、光秀は秀吉が援軍となってくれると信じて、いよいよ計画を実行することにします。
ところが秀吉は光秀の援軍に駆けつける気などさらさらありません。光秀が信長を討たざるを得なくなるように仕向け、信長と光秀を一緒に排除してしまおうという魂胆!
秀吉は黒田官兵衛に毛利側との交渉を任せ、光秀が謀反を起こした後すぐに京へ向けて出発できるように準備を整えました。
高松城の水攻めで清水宗治が切腹することになりましたが、秀吉は武士の作法などどうでもいいという態度で、宗治が腹を刺したとたんに立ち上がり、明智を討つために出発しました。
中国大返しが始まりました。10日で畿内までの道のりを駆けぬけた秀吉軍は山崎で光秀と対峙します。
茂助は首級をあげて出世することを夢見て大張り切りです。そしてついに逃走した明智光秀を捕まえて、首を討ち取ったのでした。
しかし喜んだのもつかの間、茂助はかつての自分のような武者狩りの農民たちに取り囲まれ首をはねられてしまったのでした。
武将の「首」に全く関心がなかった秀吉は大きく躍進し天下を取るに至りますが、「首」に執着した茂助はあっけなく命を落とすことになるという、世知辛い戦国の世の物語。
桃太郎の話
物語の途中で「桃太郎」の話が出てきます。曽呂利新左衛門の創作なのですが、これがまことに面白くて秀逸!
家来の犬をいじめていた桃太郎を犬が殺してしまい、犬を猿とキジと鬼たちが殺してしまうという…。
桃太郎は織田信長、犬は明智光秀、猿は豊臣秀吉、キジは徳川家康、鬼は信長に敵対する武将たちを差します。
秀吉は曽呂利の小噺にヒントを得て、光秀をそそのかして信長を殺させるのでした。
ユーモアと残虐さを絶妙に成立させているあたり、北野武さんの技が光ってます!
映画の見どころは?
北野武さん曰く「今回の『首』が自分の最後の作品になってもいい」というくらい、思い入れと覚悟の渾身作。一時は「お蔵入り」が危ぶまれたこの作品。こんな大作お蔵入りになるだなんてありえない!
武さんによる創作ですが、もしかしたら本当にそうだったんじゃないかと思うくらいおもしろい物語です。
戦いというのはいつの世も”情報”が要。いつ自分の足元がひっくり返るかわからない戦国時代では”情報が命”と言っても過言ではなかったと思います。
敵だろうが味方だろうが、とにかく腹の探り合い裏のかきあいとドロドロの私欲まみれの攻防が繰り広げられるので、面白くない訳がない!
こんな風に書いてしまうと、いかに過去の偉人たちが知力と胆力を使って戦国時代を生き抜いてきたかという「英雄談」のように思われるかもしれませんが、この映画はもっともっとゲスい部分が描かれています。
衆道(しゅどう)もその一つです。衆道というのは女人禁制の場で発生する同性愛行為のことですが、戦国時代の主従関係において愛だとか合意だとかそんなものは存在するはずがありません。セクハラとパワハラをMaxに掛け合わせたものですね。
大河ドラマで描かれる「美しい歴史」とは真逆の、本当の歴史を描きたかったという北野武監督の渾身の一作。
タイトルが『首』だけあって、じつにたくさんの「首」が映像にも登場します。のっけから首のない侍の死体あり、斬首刑や次々に討ち取られていく影武者たちなど、グロい映像が苦手な人にはちょっと耐えられないくらいリアルな描写が続きます。
それも軽んじられた命に対する武さんの抗議の気持ちの表れであるのかもしれません。
大河ドラマで描かれるのは美しい英雄としての戦国武将ばかり。それはそれで私たち現代人に訴えかけるものがあるので大好きなのですが、この映画が伝えたいのはもっと人間らしい部分です。
人間であるからにはもっと自制心がなくて自分勝手でふざけたりするダメな部分があるはず。それを見事に描き切った作品です。
第76回カンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門に選出されたのもうなずけます。北野武監督おめでとうございます。
『首』を購読する方法は?
現在電子書籍は発行されていないので、紙の文庫本でお楽しみください。
【2024年4月22日時点の情報となります。 オフィシャルサイトにて必ず最新の情報をご確認ください。】
amazon prime | 792円(紙の文庫本) |