大学職員として働く小林美桜。妹の妃奈が遺体で発見された。美桜が事件で肉親を失うのは初めてではない。10年以上前、父親を14歳の少年に殺され、美桜の家族はバラバラになった。
妃奈が保険金殺人をしていたのではないかという憶測が流れると、美桜は一気に世間のバッシングにさらされることになった。
父を殺して服役してしていた佐神が出所したという情報とともに美桜の周りでは不穏な空気が流れ始める。
怒涛の二転三転、張り巡らされた伏線が回収される展開はお見事というより他ありません。「このミステリーがすごい!」大賞の文庫グランプリを受賞しただけあって圧巻の読み応えです!
小説『レモンと殺人鬼』のあらすじ
妹・妃奈(ひな)の遺体が発見されたと、小林美桜(みお)は警察署から連絡を受けた。
妃奈とは数か月に一度顔を合わせては互いの近況を話しては、互いの不遇を嘆き合う仲だ。
現在、美桜は地元大学の事務職員の派遣社員として働き、妃奈は保険外交員として働いていた。生活は苦しく食べていくだけで精一杯。
父が生きていたころは幸せだった。父が亡くなり母・寛子が蒸発すると、美桜と妃奈は別々の親戚に引き取られ、高校卒業までは肩身の狭い思いをしながらなんとか過ごした。
父・小林恭司は美桜が小学校4年生の時に殺された。当時、父は那見市で人気の洋食店を経営していた。
店じまいの後、日課の散歩に出かけた父は、十数か所も刺され、翌日遺体として発見された。
殺したのは佐神翔という14歳の少年だった。佐神は「人を殺してみたかった」と供述していた。
その佐神が10年の刑期を終えて最近出てきたのだと、美桜は妃奈から聞いた。
美桜が働く大学には美桜の同級生が通っている。海野真凛もその一人だ。
真凛は中学3年生の時に美桜の歯並びの悪さを嘲笑の対象としていたが、大学に入ってまで同じことをしている。友達を連れてきては美桜を指差して笑っているのだ。
ついには彼氏と思われる男性まで連れてきて、美桜を指差して笑った。
美桜は職場では他人にマスクを外した顔を見られるのが嫌で、教養棟の裏にあるレモンの木の横のベンチで昼食を食べることにしていた。
美桜が昼食を食べていると、桐宮証平という大学院生が通りかかった。桐宮は働く保護者のために放課後の児童を預かる「そのあとクラブ」を運営しており、美桜にも手伝ってほしいと言った。
副業としてこの上ない条件を提示してもらい、美桜は「そのあとクラブ」を手伝うことにした。
美桜がアパートに帰ると、自宅前には週刊リアルの女性記者が美桜を待ち伏せしていた。大学にもマスコミは容赦なく押し寄せた。
マスコミは、一家で2人の人間が殺人事件の犠牲者になるという悲劇にではなく、妃奈が事故で亡くなった恋人の保険金の受取人になっていたという事実に飛びついた。
世間は妃奈を保険金殺人の容疑者として見始めていた。
築野バルという大人気の洋風居酒屋を経営する銅森一星がかつて妃奈と付き合っており、自分も同じような目に遭いかけたとインタビューで語っているのがネット配信されると、妃奈への攻撃はますます過熱していった。
美桜は何としても妃奈への誤解を解きたいと思い、銅森の会社を訪ねたが門前払いをくらった。
建物を出るとまた週刊リアルの記者に捕まりそうになった。そこへ一人の男性が現れて美桜を助けてくれた。男性は真凛の彼氏の渚丈太郎だった。
ジャーナリスト志望だと言う渚は、妃奈の潔白を証明する手伝いをしたいと申し出た。
「そのあとクラブ」の手伝い初日、やってきた学生ボランティアは真凛だった。「そのあとクラブ」の手伝いは気持ちよくやりたいし、渚に妃奈の潔白を証明する調査を手伝ってもらうので、美桜は真凛に話しかけた。
しかし真凛は徹底的に美桜を無視した。
渚は早くも妃奈の亡くなった彼氏の名前は「川喜多弘」ということを突き止めていた。銅森の出身高校の卒業アルバムも手に入れていて、美桜に銅森と妃奈のことを同級生に聞き込みするように言った。
銅森の同級生で幼なじみの金田拓也は現在、銅森の用心棒として働いているらしい。
渚と打ち合わせた店を出ると、週刊リアルの記者が待ち伏せしていた。記者は出所した佐神が所在不明になっていることを美桜に告げた。
美桜は銅森の地元・築野で聞き込みを始めた。築野の人々はみんな築野に経済効果をもたらした銅森のことを崇拝しており、妃奈の話を聞こうとするとあからさまに怪訝な顔をされた。
渚は川喜多弘のことを調べていた。川喜多が切り盛りしていたイタリアンレストランで妃奈と出会ったこと、川喜多が登山の途中で滑落死を遂げたこと、保険金3千万円が妃奈に支払われていたことなどがわかった。
美桜と渚は、銅森が本社ビルから出てくるのを待ち伏せすることにした。
ビルから出てきた銅森に美桜が話しかけると、どこからか金田が現れて、美桜たちはあっという間に追い払われた。そして直後、美桜と渚は3人組の男たちに襲撃された。
美桜の元に「情報提供がしたい」というショートメッセージが届いたのはその夜のことだった。
美桜はカラオケボックスで情報提供者と会う約束をした。待っていたのは金田だった。
金田と銅森は築野のドブ町と呼ばれるバラック出身だった。蔑まれながら育った2人は、なんとか回りの人間を見返すために築野バルを興し必死で働いた。
周りの人から全く相手にされず、経営難で途方に暮れていたころ、銅森の支えになっていたのが妃奈だった。
信頼していた従業員に資金を持ち逃げされて、もう死ぬしかないと銅森がこぼしたとき「保険に入ってから2年以内の自殺は保険金が下りないから、あと2年頑張れ」と励ましたのが妃奈だった。
銅森は金を持ち逃げした従業員を探し出すと、持ち逃げした以上の金を回収し、血眼になって働いて今の築野バルを築き上げたのだった。
今では銅森は金の亡者と化し、かつて自分を蔑んできた人々を見返すことに拘り続けており、築野バルを守るためなら何でもする。銅森と接触することは命の危険を伴うからやめろと金田は言った。
突然、見知らぬ番号から美桜に電話がかかってきた。相手は「風の子育英財団」と名乗った。
「風の子育英財団」によると、妃奈は受け取った保険金3千万円を全て財団に寄付したらしい。
妃奈が潔白だったことがわかり満足した美桜が、金田が話した事実を公表しないと言うと、渚は怒りをあらわにした。
その時、再び見知らぬ番号から電話がかかってきた。相手は警察で、行方不明になっていた母親の寛子が遺体で発見されたと告げた。
世間では、妃奈と母親が相次いで殺されたこと、父を殺した佐神が所在不明になっていること、「風の子育英財団」が妃奈の3千万円の寄付を公表したことで、妃奈へのバッシングはぴたりとやみ、逆に擁護の声が上がるようになっていた。
父が殺され、犯人である佐神が出所してから間もなく妃奈と母親が殺された。次は自分がターゲットとして狙われているのではないかと美桜は思った。
ある朝、美桜が出勤すると、美桜のロッカーから鶏の死骸が出てきた。もしかしたら佐神はもう美桜の近くにたどり着いているのかもしれない…。
周りの人を信用することもできなかったが、桐宮からの頼みを断ることもできず、美桜は桐宮のいない「そのあとクラブ」を預かることになった。しかも真凛と二人で。
真凛は相変わらず、美桜のことはまるで存在しないかのように無視を決め込んでいる。
ぬいぐるみを片付けているとガラスのかけらが美桜の指に刺さった。以前、カレーの中に陶器のかけらが入れられていたこともあった。
最後の保護者のお迎えが遅くなり午後10時を回っている。1人で帰るのは怖いので真凛に声をかけると、どういうわけか真凛は心底怯えて「殺さないで」と言った。
真凛は妃奈の事件以降、美桜が中学校時代からのいじめの仕返しをしようとしていると恐れていたらしい。
逃げる真凛を追いかけていくと、渚が現れた。
しかし、渚丈太郎は実は全くの別人だということに美桜は気付いていた。
渚に成りすました男がナイフを向けて美桜に近付いてきた。そこに桐宮が現れて立ちふさがった。男は桐宮にナイフを突き刺した。
その様子を見て悲鳴を上げて逃げ出した真凛を、男は追いかけていった。
幸い桐宮は、胸に入れていたスマホのおかげで無傷だった。「そのあとクラブ」に不在だったのはヒロくんというクラブに通ってくる男の子の家庭訪問をしていたからだった。
食べ物に陶器のかけらを入れたり、ぬいぐるみにガラス片を仕込んだり、美桜のロッカーに鶏の死骸を入れたのもヒロくんの仕業だったらしい。
桐宮は「やっと守れた」と言った。
桐宮の正体を知った美桜は逃げ出した。追いつかれそうになって、美桜は大学の門の守衛室に飛び込んだ。
美桜は奥の部屋に逃げ込んだが、日本刀のような長い刃物を持った男が美桜を追ってきた。
物語の真相は?
ここから先は大いにネタバレを含みます。知りたくない方は【+ボタン】を開かないでね!
『レモンと殺人鬼』の感想
読めば読むほど秀逸なミステリーでした。「私」の一人称で話が進んでいく場面では、この「私」に終始翻弄されることになります。
出てくる人みんなが怪しくて、精神がどこかしら病んでる感じ。それだけでミステリーの要素満載で、読めば読むほど怖ろしくなってきます。
最後は「なるほど、そういうことかぁ」と納得はするんだけど、美桜のメンタルにまたぞーっとしてしまいました。
これ映画になったらめちゃくちゃ面白そうだけど、誰の回顧シーンなのかがわからないところが小説の最大のおもしろさでもあるので映像化は難しいかなぁ。
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