「大切な人の死」を受け入れられず、もがく女性を描いた吉本ばななさんの珠玉の名作。
彼との思い出を慈しみながら、それでも時間をかけて自分の足で前に進んで行こうとする健気な姿に胸を打たれます。
吉本ばななさんが大学の卒業制作として発表したもので、ご本人いわく「初めて他人に見せることを前提に書いた思い出深い小説」とのこと。
1983年にイギリスのミュージシャン、マイク・オールドフィールドが作詞作曲し、マギー・ライリーが歌った「ムーンライト・シャドウ」という楽曲にインスパイアされて書き上げた物語です。
20代前半といえば、ほとんどの人がまだ「大切な人の死」を体験したことがないんじゃないかな。それをこんなにも深く見事に描いてしまった吉本ばななさんって、やっぱりすごい作家さんです。
【主なキャスト(敬称略)】
小松菜奈:さつき
宮沢氷魚:等
佐藤緋美:柊(等の弟)
臼田あさ美:麗
マイク・オールドフィールド『ムーンライト・シャドウ』
事件に巻き込まれ死んでしまった恋人を想い「いつか天国で会えることを祈っています」という内容の歌詞です。
とても悲しい内容なのに、決して暗く沈み込んでいくようなメロディではないのが、吉本ばななさんの物語と似通っています。
小説『ムーンライト・シャドウ』のあらすじ
さつきが等に出会ったのは高校2年生のこと。修学旅行の旅行委員として知り合い、たまたまポケットに入っていた家で飼っている猫の鈴をあげた。
鈴がチリチリと鳴るたび心を通わせ、修学旅行から戻ってから2人の大恋愛がはじまった。
それからおよそ4年間、2人でたくさんの思い出を作り、さつきは死ぬほど等のことを愛していた。
それなのに…ある日突然、等はさつきの前からいなくなってしまった。さつきは未だに等の死を受け入れることができない…。
さつきはあまり眠ることができなくなって、夜明けのジョギングを始めた。毎朝、等とよく待ち合わせをした橋の欄干にもたれて熱いお茶を飲むのが日課になった。
まだ寒い3月のある日、いつものように水筒のふたにお茶を注いで飲もうとすると「なに茶?あたしも飲みたい。」とふいに話しかけられた。
あまりにもびっくりして水筒の本体を川へ落してしまった。そこに立っていたのは髪が短くとても澄んだ大きな瞳をした笑顔の女性。
さつきはふたに残ったプーアール茶をその女性にあげて「観光?」と聞くと、彼女は「もうすぐここで百年に一度の見ものがあるのよ。」と答えた。
それは条件がそろえば見られるらしい。”うらら”と名乗るその女性は「お茶をくれたお礼にいつか必ず教えてあげる。」と言い、2人は別れた。
等には18歳の柊という名の弟がいた。柊は何というか…とても変わっていた。
待ち合わせをした喫茶店に、柊はセーラー服姿で現れた。そのセーラー服は柊の彼女だったゆみこのものだ。
柊のところに遊びに来ていたゆみこを、等が車で駅まで送って行くときに事故にあった。等もゆみこも即死だった。
ゆみこが死んでから柊は毎日ゆみこのセーラー服を着て登校している。親は泣いて止めたが、その方が気持ちがしゃんとするらしい。
ある日の午後、風邪をひいて寝ているさつきのところに電話がかかってきた。電話の相手はうららだった。
「駅前百貨店の水筒売り場に来て」と言われ、体調はすこぶる悪かったけれど、どうしてもうららに会いたい衝動に勝てなくて、さつきは出かけて行った。
うららは新しい水筒を買ってくれて「風邪を治して、あさっての朝5時3分前までにこの間の橋のところへくること。」と言った。
翌朝、明らかに風邪を悪化させて早朝目が覚めたさつきが窓の外を眺めていると、「散歩」と言ううららが家の前に現れた。「ビタミンCをあげる。」とポケットにあったあめをさつきに渡すと「じゃあ、明日ね。」とうららは帰っていった。
うららとの約束の朝、橋に行くとうららが待っていた。「時間だ。声を出したり、橋を渡らないで。」うららはそう言った。
夜明けがやってくるとともに、ちりちりと鈴の音が聞こえてきた。等の鈴。川の向こうにさつきを見つめる等の姿が見えた。
朝日が差し込んできて、等の姿は次第に薄くなっていった。等はさつきに笑って手を振ると、ゆっくりと薄れて消えていった。
うららは「死に別れた恋人に、最後の別れができるかもしれないのでこの街に来た。」と言った。そして「ずっと忘れない。」と言って去っていった。
柊に会いに行くと、柊の元にはさつきが等を見た同じ朝ゆみこがやってきてセーラー服を持って出ていった、それ以来セーラー服が見当たらないと言った。
さつきは歩みを進めることにした。等。手を振ってくれてありがとう。
映画の見どころと原作との違い
原作ではさつきの思い出として回想されるだけの日々が、色を持って熱を帯びて繰り広げられる映像はただただ美しくて。
確かにそこにいたと思えるだけに、深い悲しみと喪失感が胸に迫ってきます。
最愛の恋人が、ある日突然交通事故で亡くなってしまったら…。
この世の終わりに匹敵するくらい辛くて、これから先どうやって生きていけばいいのか、今自分が生きているのかどうかわからないような毎日を過ごしています。
それだけだとただの暗く悲しい物語なのですが、この物語は時間をかけて心を温めながら再び顔をあげて歩き始める女性を描いた物語なのです。
そして「食べる」ということが「生きる」ということとつながってる、すごく当たり前なことが現実の世界のこととして描かれていることが印象的です。
残された者は辛くても悲しくても生きていかなくちゃいけない。辛い気持ちも悲しい気持ちも決して忘れることはないけど、いつかは和らいでいくものだということを教えてくれます。
見終わった後も、現実なのか幻なのかわからないようななんだかふわふわしたものに包まれているような、温かい温かい物語です。
映画『ムーンライト・シャドウ』視聴方法は?
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