小説『やがて海へと届く』

1人旅に出たすみれが、東日本大震災で被災して帰って来ませんでした。

真奈は3年たった今でもすみれの死をどうやって受け入れればいいのかわりません。すみれの両親が法要を行ったり、恋人の遠野くんが遺品を整理したりするのが許せない…。

震災で被災した経験のある彩瀬まるさんが「惨死を越える力をください」という願いを小説という形にしました。

死んだら人はどうなるの?どこへ行くの?答のない問いにほんの少し安らぎをくれる珠玉の物語です。

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小説のあらすじは?

都内のホテルの最上階にあるダイニングバーで働いている湖谷(こたに)真奈、28歳。

日常生活の中で、一日に何度も何度も卯木(うつぎ)すみれを思う。心の中ですみれの名前を呼んで、こんな時すみれだったら何て言うだろうって想像してみる。

そんな真奈の店にすみれの彼氏だった遠野敦が訪ねてきた。すみれと同じギター同好会に入っていて、大学3年生のときに2人は付き合い始めた。

仕事あがりの午前3時半、遠野の待っているファミレスに真奈は急いだ。

遠野は「引っ越すことにした」と言った。そして「すみれのものは全部処分する」と続けた…。

すみれは3年前「ちょっと息抜きに出かけてくるね」と遠野に言い残して一人で旅に出た。その翌日、東日本大震災が起きて、すみれの行方はわからなくなってしまっていた。

真奈は「立ち会ってほしい」と遠野に頼まれ、寝不足の体を押して遠野の家に向かった。すみれが恋人の遠野と生活していた部屋…。

すみれの荷物は段ボール6箱にまとめられていた。洋服に雑貨、CD、本、アクセサリー。ほしいものがあったら持って帰ってほしいと遠野が言う。「形見分け」だと…。

「カタミ」という言葉に違和感を感じながら、真奈はすみれのことを思い出していた。すみれのそばでは時間がゆっくり流れていて、真奈を素直にさせる不思議な力を持っていた。

すみれは遠野に「フカクフカク」愛されていたのかな。つないだ手を離さなければよかった。

結局真奈は「すみれのもの」を選ぶことはできなくて、遠野と一緒に「すみれのもの」を持って、すみれの実家へと向かった。

すみれの母親に「すみれが喜ぶから」と言われ、真奈は仕方なくゴールドのクロスペンダントをもらうことにした。

すみれの母親が引き取らなかった段ボール3箱は処分するものとして、車に再び積んで持って帰ることにした。

すみれの母親は震災後2週間ですみれの死亡手続きをしたいと言い出し、誰よりも早くすみれは死んだものとして受け入れていたようだった。

でも真奈はまだすみれを死者として扱うことができない。すみれが生きていた時と同じようにしていたいのだと思う。

遠野が「忘れてもいいことにする」と言うのを聞いて、怒りが収まらなくなり言い合いになった。

すみれはあんな恐ろしい場所で、たった一人で、辛い思いをして死んだのかもしれない。すみれは死んだ後も苦しさの中に置き去りされてると思うと、ずっと悼み悲しみ続けて、すみれを覚えておくことが自分にできるたった一つのことだと思う。

真奈がそう言うと、遠野は「同じ場所にとどまってないと思う。歩いてると思う。俺たちがずっと同じところにいたら、たぶん置いていかれる」と言った。

真奈は麦わら帽子とクロスペンダントとミントグリーンのスニーカーをもらうことにして、あとのものは遠野と手分けしてゴミ袋に分別していった。

家に帰る電車に乗り込むと「あっちゃん」という言葉がポロリと口からこぼれ出て、消え去っていった。

仕事に出勤すると事務所の電気が点いていなかった。いつもなら楢原文徳店長が開店前の事務作業を行っているはずなのに。

開店15分前に楢原店長から「少し遅れる」と電話があったけれど、開店から1時間経っても店長は現れなかった。

電話を入れてみても出ないので不安になり、真奈はキッチンリーダーの国木田聡一に電話をかけた。

夜中の零時を過ぎたころ、国木田から電話があり「楢原さんが亡くなった」と告げられた。遺書があったので、おそらく自殺だろうということだった。

やっと取れた休みの日に、真奈はすみれのミントグリーンのスニーカーを履いて出かけた。

買い物をした、後駅前のカフェでコーヒーを飲みながら、誰かを好きになりたいなと思った。真奈は、すみれを手放す支度をしていることに気付き愕然とし、嗚咽するほど涙を流して泣いた。

「だいじょうぶですか」と女子高生2人に声をかけられ、少し落ち着いた真奈は2人にコーヒーをおごって話をした。仲良さそうな2人を見ていると、自分とすみれみたいだなと思った。

「もしも、あなた達のうちの一人が亡くなってしまったら、残る一人にどんなことをしてほしい?」真奈は彼女たちの答えを聞いてみたくなった。

「お姉さんが泣いていたことと関係あるの?」と聞かれたので、真奈が「うん」と答えると、女子高生たちは真剣に考えて答えてくれた。

「忘れない」っていう言葉は、古いしポエムっぽい。それさえ言っとけばいいだろ的な、考えるのをやめてる感じ。かわいそうな子とか無念を覚えておいてもらうんじゃなくて、楽しかったことを覚えていてほしい。二度と会えなくても友達のままでいたい。

そんな風に答える彼女たちは本当の絶望を知らない、と真奈は思った。

神崎という新しい店長が来て、お店の雰囲気は落ち着いた雰囲気の隠れ家的な安らぎのある店から、合理的で無駄のない店へと変わっていった。

楢原店長がいたことなどなかったことのように進んでいく現実に、真奈は寂しさを感じずにはいられなかった。国木田は「ものすごい数の死者の置き土産が積み上がって、今の世の中ができてる。楢原さんだって幻にはならない」と言った。

休みでも取って山でも行こうかな…と真奈が言うと、国木田が埼玉の山しかないところでやってる実家の民宿に来るかと誘ってくれた。

国木田の車で一緒に実家の民宿に行き、裏山を散策した。なだらかで開けた場所にシートを敷いて2人で転がった。真奈はすみれの夢を見た。

手をつないだすみれに向かって「ずっとあなたが欠けたままなの。なにで埋めればいいのかわからない」と言ってもすみれは何も答えてくれない。激しい濁流が襲ってきて、真奈は決して離さないと誓った手を離してしまった。

目を開けると涙があふれるがままに泣いていた。近くの茂みが揺れるのを見て、真奈は「すみれ、待って」と言いながら草木をかき分けて追いかけていった。

ふいに地面が消えて斜面を転がり落ちそうになったとき「湖谷」と呼ばれて逞しい手で腕をつかまれた。

帰り道は、2人は山を下りるまで手を重ねたままでいた。

お風呂から上がって、真奈の宿泊する部屋で2人で食事をした。真っ暗な窓の外を見ながら国木田のタバコを1本もらって吸ってみる。

国木田は寡黙な人なので、就職したばかりのころには間が持たなくて緊張していたことを思い出した。そのうち自分も頑張ってしゃべらなくてもいいやと思えてきて、国木田の隣は居心地のいい場所になっていった。

そう話しているうちに真奈は、この言葉は自分が考えたことではなくて、大学時代にすみれが言ったことだと思い出した。やっと彼女に会えた気がした。その意識は真奈を生きる方向へと押し出した。

翌日は夕方の出勤に間に合うように早めに観光を済ませて車にもどった。車の中で体が近づき、真奈と国木田は自然に唇を重ねた。

秋のお彼岸、真奈は遠野と共にすみれのお墓を訪れた。4度目の秋。すみれがいるとされている場所が整えられていることにほっとする。少しずつ心がゆるむようになってきている。

帰りの車で遠野に「私、好きな人ができた」と告白すると、遠野は「よかったなあ」と真奈を優しくハグした。遠野が「俺も許してもらえるかな」と言うので、真奈は「すみれは遠野くんのことが大好きだったよ。だからすみれができなかった分も自分を大事にした方がいい」と伝えた。

真奈は、異動調査票には数年後のビジョンから志望理由までみっちり書いた。楢原店長はプライベートでどれほど苦しんでも、お店ではいつも温かく楽しそうだった。部下が未来に抱く希望のようなものを決して壊さなかった。真奈は自分の中に楢原がちゃんと生きていることを感じていた。

駅前のカフェで会った女子高生のリコちゃんとミチカちゃんともたまに会って話をする。真奈に話しかけたのは、嫌われてた英語の先生が学期の途中で辞めてしまった時に真奈がわんわん泣いてるのを見て、大人でも傷つくと泣いたりするんだってわかったからだって教えてくれた。

明け方、真奈は隣にすみれの気配を感じていた。「もう行っちゃうの」と聞いても何も答えてくれない。彼女へと手を伸ばし何度もなでた。「大好きだよ」と伝えると、彼女はうなずいて、つないだ手をほどいて部屋を出ていった。

スマホの音で目を覚ますと、遠野からの着信だった。遠野は嬉しそうに「すみれが会いに来てくれた」と、すみれの夢を見たことを興奮しながら教えてくれた。

小説の感想

作者の彩瀬まるさんはまさに、1人旅の途中で東日本大震災に遭いました。地震で電車が止まったために隣の駅まで歩こうとして海沿いの”超感じのいい道”を歩いていると、道路の端が地震のせいで欠けていました。工事の人に「危ないから内陸に入って」と言われ別の道を歩いているときに後ろから津波がやってきたということです。

あの”超感じのいい道”をそのまま歩いていたら死んでいたかもしれないという実体験が生んだ、喪失と再生の物語。

この物語は、真奈の物語の合間にすみれの物語が挟まれていて、その部分が胸の奥に響いてくる感じで清々しい読後感をもたらしてくれます。ただ、すみれは意識の部分だけが浮遊している感じで、現実世界を生きている真奈のようにあらすじで説明することはできそうにありません。

それでも、私も経験したことはないし確かめようはないんだけど、死んだらこんな感じなのかなぁと、すごく腑に落ちる感じがします。

真奈はすみれの母親や恋人だった遠野くんが、すみれのこと死んでしまったことにして記憶の彼方へ追いやろうとしていることが許せません。自分よりもっと悲しんで悼んでいいはずの、すみれにとって近しい存在である2人がなぜそんなにも早く気持ちを切り替えられるのか理解できません。

きっと悲しかったし辛かったであろうすみれの気持ちを考えると、何もできなかった自分を責めるだろうし後悔するのは当然な気がします。友達だから家族や恋人よりも喪失感が少ないというのも違う気がします。

それでもきっと彩瀬まるさんが描いておられるように、亡くなった人はずっと辛くて苦しい場所にはとどまっていないのでしょう。

辛くて暗い場所を浮遊していたすみれの意識は海に向かってどんどん歩いて行きます。人が歩む人生は川で、誰でも最後は海にたどり着く…。そして白い砂浜で自分がたどってきた川を振り返り、名前と言う靴を脱ぎすてます。体は形がなくなっていき、最後に残った白い殻が壊れると中から小さな魚が飛び出して、海を自由に泳ぎ回るのです。

この明るくて温かくて優しい光景が、なぜだかすごく信じられる感じがしました。

2人の女子高校生たちが「忘れない」という言葉について語っています。悲惨なことを二度と繰り返さないための「忘れない」は教訓を日々の生活に取り入れて当たり前にすること。大好きだった人を「忘れない」は楽しかったことを覚えておくこと。

国木田さんが言う「ものすごい数の死者の置き土産が積み上がって、今の世の中ができてる」という言葉にも納得します。生きている私たちの中には亡くなった人たちの痕跡が必ず残っているんですよね。

毎日の日々の中で思い出すことは少なくなっていっても、ふっとその人の生きたかけらが目の前に降ってきて、思い出したときに微笑んでしまうような、そんな「忘れない」があれば、きっと死ぬことはほんの少し怖くなくなるんだろうなぁ。

すごく深い深い物語でした。すみれの意識のパートはどうにも説明できないので、ぜひ手に取って読んでいただきたい一冊です。

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